281 ミランダとの秘密 4
ゲーム上でのフレンドというのは、身も蓋も無い言い方をしてしまえば真の友情とは無関係である。
ログインしているかどうかが分かる、一緒にパーティーを組んで冒険に出掛けた時に経験値に割り増しがある、フレンド個人宛にメッセージが送れる、などといった便利な機能が使えるようになるのがゲームにおけるフレンドの特典だった。正直、目当てはそちらである。
(フレンドは友達……、ふふ)
しかし、ミランダはそれを言葉通りに受け取って光栄だと言ってくれた。そちらに目を向け、緩みそうになる頬をマリコが引き締めていると、そのミランダの目が驚愕に見開かれた。腕が跳ね上がってマリコの前を指差す。
「マリコ殿! き、貴殿の、その、フレンド欄に……」
「え? ああ、登録が終わったから見えるようになったんですね。ならそこにミランダさんの名前が……」
「女神様の名が!」
「え? あ!」
確かにフレンド一覧にはミランダの名が表示されている。だが、その位置は一覧の中では二番だ。トップには「風と月の女神」の名が鎮座していた。
「女神様が友扱いなされるとはさすがマリコ殿だな」
「えー、あー。どうでしょう」
感心するミランダを前にマリコは返事に困った。一覧に自分の名を捻じ込んできた女神の意図が分からないのである。
(十中八九、機能目当てだと思うんですけど、普段はあそこでひとりぼっちっぽいですからね)
本当に友人――あるいは遊び友達――を求めている可能性を捨てきれないのである。巨大なベッドの隅で一人体育座りをして本を読む女神、という光景を想像してしまい、マリコは唸った。
(仕方ありません。今度会った時に一応確認を……って、ああ!)
考えている途中でマリコは気付いた。フレンド登録がしてあるのならメッセージが送れるはずである。今度と言わず、今問い合わせてみればいい。マリコは「メッセージを送る」を押した後、一覧から女神を選んだ。すると、先ほどのID入力の時と同じくウィンドウ上に仮想キーボードが現れる。
『このフレンド登録はどういった意図でしょうか。ミランダさんが気にしています』
最低限のことだけ打ち込むとさっさと送信する。顔を上げると、疑問を浮かべたミランダの顔が間近にあった。
「マリコ殿、今のは一体何をなされたのだ」
「ええと、女神様にメッセージを……」
「いや、それは見ておった故、何となく分かる。そちらもとんでもないことだが、今聞いているのはウィンドウに映ってマリコ殿が触っておられた、文字がたくさん並んでいたものの方だ」
「仮想キーボードですか?」
「かそうきーぼーど?」
「え? ああっ!」
ミランダのたどたどしい復唱を聞いて、マリコは自分のミスに気が付いた。こちらに来てからキーボードらしき物を見た覚えがないのである。印刷物はあるが版は手彫りのように思えた。この世界にはまだキーボード――あるいはタイプライター――が無いのではないか。
「ええと、あれはですね……ええと」
何と答えようかとマリコが迷っていると不意に通知メッセージが浮かんだ。もう女神から返答が来たのかと思ったマリコは、その通知メッセージの位置に目をむいた。マリコではなく、ミランダの方のウィンドウである。しかも、フレンドからメッセージが来たことを知らせるものだった。
「マリコ殿、これは?」
ミランダ宛にフレンドからのメッセージ。しかし、ミランダのフレンドとなったマリコはそんなものは送っていない。となると、該当者は絞られるどころか他に思い当たらない。無視するわけにもいかないので、マリコはそれを開いた。
『わしのことは友だと思うがよい』
「これは一体……、送付元は……女神様!? マリコ殿、もしやこれは」
驚きを隠せないミランダに向かって頷くと、マリコはミランダの「フレンド」タブを開いた。
「おおお!」
案の定、ミランダのフレンド一覧にも「風と月の女神」の名が刻まれていた。当然マリコよりも上、一番である。
「女神様が! 友だと思えと!」
呆れ気味のマリコと違って、ミランダは喜びと興奮に包まれている。ウィンドウに向かって膝をつかんばかりの勢いだったのをマリコは何とかなだめて止めた。さすがにウィンドウ相手に最敬礼しても女神本人には伝わらないだろう。
ミランダを立ち上がらせたマリコがふと見ると、今度は自分にもメッセージが届いていた。犯人は考えるまでもない。開いてみると、それはマリコへの指示というより最早試練だった。
『ミランダが自分でメッセージのやり取りをできるようにしておくのじゃ!』
この試練には二つの課題が含まれているとマリコは感じた。自分宛のメッセージを見るのにいちいちマリコに操作してもらうのでは困るだろうし、フレンド関連の機能をミランダにも使えるようにするのは問題ない。問題なのはもう一つの方である。
――かそうきーぼーど?
ついさっき聞いた、ミランダのセリフが甦る。
(ミランダさんが自分でタイピングできるようにならないといけないじゃないですか!)
予備知識の無い者にそれを教える困難さを思って、マリコは心の中で吠えた。
連絡手段としてはそれなりに有効です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




