279 ミランダとの秘密 2
「それでマリコ殿、先ほどの件の続きなのだが……、どうだろう?」
使者云々の話が一段落したところで、譲られたイスに座ったミランダが――マリコの方は自分のベッドに座っている――例によって襟元に手をやりながら言う。いつもなら「朝練に」と言い出す頃合いなのだが、さすがに今日はこちらの方が気になるようである。
(そりゃ、あの舞台と演出付きで本物の女神様から直にもらったんですから、気にならない方がおかしいですよね)
どこか浮き立っている様子のミランダに頷きながら、マリコは内心そんなことを考えた。ただし事が事だけに、浮き立つ程度であればともかく浮き足立つところまで行ってしまわれては困る。マリコはひとつ咳払いをすると改めて真っ直ぐにミランダを見た。ミランダも手を膝に下ろして真剣な表情になる。
「昨夜女神様が言っていた通り、ミランダさんが与えられた加護はアイテムストレージだけではありません。これも含めて自分の能力を管理し操作する力。それが私やミランダさんが与えられたものの正体です」
「自分の能力を管理し……操作する? それはごく普通の事ではあるまいか」
マリコの予想通りミランダは首を傾げた。メニューを通じて行える事を一言で言い表そうとするとこうなるのである。それを言葉通りに受け取れば今のミランダのような反応になるだろうとはマリコも思っていた。何故なら、人は普段から自分の持つ能力を使って生活しているのである。自分に何ができるのかは自分自身が知っていて当然なのだ。
「はい。既に会得している能力であれば使えるのが当たり前です。でも、自分がまだできないことを『どうやったらできるようになるか』ははっきりとは分からないでしょう?」
ミランダの目が見開かれた。それに構わずマリコは言葉を続ける。
「それに、剣技でも料理でもいいですが、『どんな練習をどれだけやったら上達するか、あるいはもう上達しないか』が具体的に分かるとしたら?」
ミランダの喉からひゅっと息が漏れた。それは正にミランダ自身が考え、悩んできたことである。マリコという手本を得たことで頭打ちの状態から脱しはした。しかし、何をどうすればという部分については、ある程度見当をつけてあとは手探りと繰り返しで身に付けるしかないと思っていたところである。
「では、女神様が申されていた『己を鍛えるための助けや道しるべ』というのは……」
「自分の能力や技が数字やレベルという形で表されて、それらを上昇させる方法を一覧として見ることができる。それがメニューの主な機能、力です」
「メニュー? ああ、できることの一覧ということ……あ!」
頷いていたミランダが突然驚いた声を上げた。
「マリコ殿、ひとつ尋ねるが、もしやそのメニューというのは転移門の操作盤のようなものではなかろうか?」
「え!? あ、そうですね。確かにあれと似ていますね」
前にナザールの門を試した時に操作用のウィンドウが現れたのはマリコも覚えている。似ているも何も、ゲーム準拠ということは元々同じシステム上の別のウィンドウである。しかし、この世界ではどちらも女神が創ったものだということまでミランダに告げるわけにもいかない。ミランダは月と風の女神には会ったが、女神ハーウェイのことはまだ知らないのである。マリコは似ていると認めるだけに留めた。
「なるほど、昨夜女神様の居所に転移する際にマリコ殿が操作しておられたのがメニューなのだな」
「そういうことです。ああいう風に空中に浮かんでくる操作盤は、窓みたいなのでウィンドウと呼ばれています」
「ウィンドウ……。では、私もメニューのウィンドウが使えると……!?」
勢い込むミランダだったが、待てという代わりに片手を上げたマリコに途中で言葉を飲み込んだ。
「そのことなんですが、メニューは転移門と比べるとウィンドウの数や操作する項目が遥かに多いんです。そして、間違えるとやり直しが効きません」
それを聞いたミランダは今度はごくりとツバを飲み込んだ。もちろん、決定してしまうまでは操作の途中でキャンセルすることができる。しかし、一度スキルなどを取得したりそのレベルを上げてしまったりした場合、後から無かったことにはできない。
スキルレベルを上げるのに必要なスキルポイントが無限とは言えない以上、あまり何でもかんでもというわけにはいかないのである。ゲームの初期にそれで痛い目を見たマリコはミランダをそんな目に遭わせたくはなかった。
「そういった理由から、当分ミランダさんのメニュー操作は私がやるようにと女神様は言われました」
「マリコ殿が!?」
ミランダが驚いた声を上げる。己の能力の管理を他人に握られるのが不快でないはずがない。当然の反応だろうとマリコは思った。
「ええ。納得いかないだろうとは思いますけど……」
「ああ、それなら安心だな」
「ええ!?」
予想外のミランダの返事に今度はマリコの方が驚いた。
「何を驚いておられる?」
「いえ、だって、メニューの操作ですよ? もし私が変なことをしたらミランダさんの将来に関わるんですよ? それに第一、能力なんかの情報も私には隠せないんですよ?」
「誰にでもではなくて、それができるのはマリコ殿だけなのだろう? 見ず知らずの他人に、と言われたら私もとても信じられぬだろうが、マリコ殿なら大丈夫だ。それに第一、私に何ができて何ができぬかなど、マリコ殿ならとうに知っておられるではないか。マリコ殿以上に任せるに足る者など居りはすまい。それを的確に選ぶとはさすがは女神様ということか」
「ミ、ミランダさん……」
他者のメニューを操作できるというのは異常なことである、という感覚がミランダには――というよりこの世界には――無いということもあるのだろう。それでも、危険性を認めた上で、あっさりと全幅の信頼を笑顔と共にぶつけてくるミランダにマリコは泣きそうになった。
「何も妙な事は言っておらぬだろう? そんな事より、その私のメニューのウィンドウを見せてはもらえまいか。見る分には構わぬのであろう?」
「そ、そうですね」
女神との話でも見せるのは問題ないということになっていた。元より見せなければ現状もスキルの複雑さもミランダ本人に理解できない。マリコは頷いて自分のチョーカーに手をやった。念じるだけでもいいのだが、ミランダに分かりやすいようにあえて声を出す。
「ミランダさんのメニュー!」
「……ぬ」
「あれ?」
少し待ってみても何も開かなかった。繰り返してみても同じである。
「もしかして、『さん』を付けちゃいけなかったんでしょうか。もう一回やってみますね。ミランダのメニュー!」
「……何も起きぬな」
続けて「ミランダメニュー」だの何だのと試してみたが、やはりメニューは開かない。どこかシステムが故障でもしたのかと、マリコ自身のメニューを開いてみるとこちらは普通に開いた。もっともこちらは設定を変えるか何かしないと他者には見えないのでミランダは首を傾げている。
次にミランダが自分のアイテムストレージを開いてみるとこれも普通に開き、そこでミランダが何かに気付いたように顔を上げた。
「マリコ殿。もしや、私のチョーカーに触れながら、なのではあるまいか」
「え? ああ」
女神は「自分の時と同じように」としか言わなかったので、それは十分に可能性のあることだった。考えてみれば、ミランダのいないところでマリコが一人で勝手にメニューを開けられるというのも変である。
早速やってみようとなったところでマリコは少々困った。メイド服の襟は高さがあって割りとぴっちりしている。チョーカーに触れるためには、自分の襟であれば指を入れれば済むのだが、ミランダの喉に指を突っ込むのもためらわれる。
「ちょっと襟を緩めてもらえますか」
「ああ、待たれよ」
イスの座ったまま、ミランダは首のリボンを解いて襟元をくつろげ、あごを少し上げて喉をさらした。
「さあ、来られよ」
構えたミランダに手を伸ばしかけたところでマリコは一瞬固まった。
(なんで目を閉じてキスを待ってるみたいな顔になってるんですか!)
赤トラ猫耳美少女のキス待ち顔。マリコはその首へと手を差し伸べ……。
「ミランダさんのメニュー」
無事にウィンドウが開いた。
本人にキスを待ってるつもりはない模様(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




