278 ミランダとの秘密 1
翌朝、一つの謎が解けた。
(まあ、分かってしまえば謎というほどでも無かったんでしょうけど……)
◇
ミランダが起こしに来る前に目覚めたマリコは、腰回りに覚えのある違和感を抱えながら身体を起こした。腰回りと言っても昨夜の神罰とは関係がない。女神は猫耳責めに終始したのである。
女神自身が言っていた通り、猫耳美少女の膝枕で耳掃除という部分だけを見ればご褒美であろう。しかし、鼓膜を人質に取られて身動きできない状態で敏感な猫耳の中を蹂躙されるというのは、やられる側にとっては十分に罰であった。
(昨夜のことはともかくです。ええと、確かここに……)
つい思い出してしまった感触を振り払うように両耳――今はもちろん普段の形の耳である――を手でゴシゴシとこすった後、目当ての物がアイテムボックスにあるのを確認してマリコはベッドから降りた。同時にコンコンと軽いノックが聞こえてくる。マリコがそちらに顔を向けると、マリコの返事を待たずに扉がそっと開かれた。顔を出したのはもちろんミランダである。メイド服の襟元に手をやりながらするりと部屋に入ってきた。
「お、今朝は起きておられたか。おはよう、マリコ殿」
「おはようございます」
「身体の方は大事ないであろうか」
「え? はい」
「昨夜、女が……いや、あちらから戻られた時には随分疲れておられるようだったのでな」
さすがに「女神の所から戻った」と口に出すのはまずいと思ったのだろう。あちらと言い直したミランダはさらに言葉を続ける。
「やはり、そうした用向きというのは大変なのであろうな」
「あー。ええと……」
「ああいや。無理に答えずとも構わない。当然極秘事項であろうし、内容を聞き出そうというつもりではない故」
猫耳に神罰を喰らってぐったりして帰ってきましたと言うわけにもいかずに口ごもったマリコを見て、ミランダは納得の表情を浮かべる。大っぴらにできる話でないことは確かなのでマリコは曖昧に頷いた。
「聞きたかったのはそっちではなくてだな。昨夜指示された、マリコ殿から学んでゆけというところだ。今の私が聞いても構わない事があるのなら是非とも教えていただきたい」
襟の中に指を入れて見せながらミランダは言う。やはり気になるのだろう、どうやら昨夜先にこちらに戻った後、何度もチョーカーに触れてはアイテムストレージを開け閉めしていたらしい。そうしている時のミランダの誇らしげな表情が容易に想像できてマリコは目を細めた。しかし、今すぐ話を始めるわけにもいかないのである。
「あー、ちょっと待ってください。先にお手洗いに行ってきますので」
「あ、それは失礼いたした」
反射的にそう答えながらも、ミランダの顔には何となく不思議そうな表情が浮かんでいた。いつもなら先に着替えてから部屋を出るマリコが寝巻きのまま行こうとしているのが珍しかったのである。
「ええと。その、始まりそうなんです」
「え!? それは重ね重ね失礼を。……では、部屋に戻っておる故、着替えられたら声を掛けていただきたい」
何がと言わずともさすがにミランダには通じた。そそくさと戻っていくミランダを追いかけるように廊下に出たマリコは自分の目的地へと向かう。腰回りに漂う感覚、それは月からの使者が訪れる前触れだったのである。
◇
「ふと気になって勘定してみたのだが、随分と早くはないか、マリコ殿」
装備を整えて着替えたマリコの部屋に再び顔を出したミランダは気遣うようにそう言った。それはマリコも思ったことである。元の世界での知識通りなら使者の来訪周期は四週間前後のはずだった。しかし、前回の開始からはまだ二週間と少ししか経っていない。
もちろん、個人差や体調によるズレもあるので早過ぎるから異常と決まったわけではないが、前の時の騒ぎに思い切り巻き込んでしまったミランダが心配するのも無理はない。
「一応、心当たりはあるんです」
マリコは前回、症状を和らげるために治癒と状態回復を使ったことと、その内の治癒の影響で次が早まったのではないかという推論をミランダに話して聞かせた。
「そんなことに魔法を……、いや、それは私が言うべきことではないな。失礼いたした。……ふむ、胎の内の傷が早く治った分、次が早くなったと言われるか。確かにそれならあり得るかもしれぬ」
一瞬呆れたような顔を見せたミランダだったが、自分が軽い方だという事を思い出してそれをすぐに引っ込めて頷いて見せた。
「ならば、今回はどうなされるおつもりか」
「またひどいようなら、状態回復は使ってみようと思います」
治癒はやめておいた方が無難だろうなとマリコは思っている。次が早く来るというのもともかくだが、それを何度も繰り返すと長期的にどんな影響が出るのか分からない。基本的には治癒能力と速度を上げるのが治癒である以上、老化が早まるという可能性もあるのだ。
「ふむ、体内の状態を正常化することで症状が軽くなる、か。さすがマリコ殿は博識だな」
しきりに感心するミランダに、マリコは少し突っ込んだ質問を投げかけてみることにした。使者が来ると分かった時点で思い出した別の知識。それが己の問題の答えであるかもしれないのだ。マリコは居住いを正してミランダに向き合った。
「ミランダさんにお聞きしたいことがあるのですが」
マリコの真剣な様子にミランダも表情を改める。
「私に答えられる限り答えよう」
「これが来る前には、そういう気分になるものなんでしょうか?」
「……今、何と言われた?」
「これが来る前には、そういう気分になるものなんでしょうか? と」
「……あー」
聞き違いかと思ったところへ一言一句違わぬ問いを重ねられ、何と答えるべきか迷ったミランダの口から間の抜けた声が漏れた。対するマリコは目に見えて赤くなっていく。その顔を見ていたミランダの中で、唐突にいろいろな出来事が音を立てて噛み合った。
マリコのここ数日の奇妙な行動と覗き見てしまったあの夜。そして、今朝訪れる前兆を示した「使者」。その全てが今のマリコの問いの元なのだ。
「いえ、忘れて。今のは忘れてください!」
「いや。少々予想外でびっくりしただけだ。問題ない」
「え」
「それは普通だ、マリコ殿。いや、これも個人差はあるとは聞く故、百人が百人というわけではないのかも知れぬ。しかし、そういう気分になるものなのだ。……私も含めて」
誠実であろうと精一杯の答えを返したミランダを、見開かれた紫の瞳が見つめていた。
◇
その朝、一つの謎が解けた。
(まあ、分かってしまえば謎というほどでも無かったんでしょうけど……)
自分だけがいきなり性的欲求を滾らせたわけではなかった。そういうものなのだと分かれば対処のしようはきっとある。
(対処の仕方も知ってしまったわけではありますが……)
マリコはふうっと、安堵とも呆れともつかない息を吐き出した。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




