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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
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277 マリコの秘密 10

「わしの間違いの事は今は置いておいてじゃな!」


 横に置くジェスチャーをしながら女神は叫ぶように言う。恥ずかしさを誤魔化しているのが見え見えで、こういう時の女神は精々(せいぜい)ミドルティーンという外見相応に可愛らしく見える。


「えーと、はい」


 可愛らしいと思っている、などと知れるとまたどんな反応が返ってくるか分からないので、マリコは表情を取り繕って頷いた。


「とりあえず、先におぬしの用からじゃな」


「私の用ですか。それはいつもの清めの儀(おそうじ)と……」


 そこまで言ったところでマリコは言葉を切った。他に相談事が無い訳ではない。だがそれは、例の突如湧いて出た性的欲求についてであった。即物的対処(たんけん)によって一旦は解消されたように思えるものの、根本的な原因は分かっていないのである。


清めの儀(おそうじ)かの。ふむ、おぬしも見れば分かる通り、今はそれほど必要ないじゃろう。わしも大分慣れたものよの」


 女神はそう言ってふふんと胸を張る。実際、今の女神の部屋は普通に片付いており、マリコの清めの儀(おそうじ)も始めの頃ほど頻繁に行わなくてもよさそうだった。女子力――が無いと言われること――を気にしていた女神は、本当にやればできる子のようである。


「そうですね。こういうことは習慣付いてしまえばさほど苦になりませんから、この調子で行きましょう。壊れたり傷んだ道具があったら言ってくださいね。代わりを買ってきますから」


「うむ、その折には頼むのじゃ。……で、次じゃが」


「次?」


「さっき他にも何か言いかけたじゃろうが。わしが気付かぬとでも思うたか」


「う、ええとですね……」


 案外耳聡(みみざと)かったんだなと思いながら、マリコは急いで別の用を考える。幸い、すぐに一つ思い出した。先ほど、ミランダがメニューを開かずに直接アイテムストレージを開いた件である。


「おお、後で説明してやると言うておいてそのままになっておったの。あれはショートカットキーの代わりじゃ」


「ショートカットキー?」


 ゲームではよく使う機能やスキルをファンクションキーに登録してそれを押すことで、メニュー画面を経由せずに直接使う(ショートカットする)ことができた。それの代わりだと女神は言う。


「ほれ、普通のスキルを使う時やアイテムボックスを開ける時は、口に出すなり念じるなりで済むじゃろうが。いちいちウィンドウをいじったりせんじゃろう?」


「そうですね」


 そこは始め、ゲームとの差にマリコも驚いたところである。しかし現実(・・)であるならもっともだとも思った部分でもあった。考えてみればこれもゲームで言えばショートカットしているということになる。


「できるできないだけで言うとじゃな、メニューを開いてから使う機能も同じように念じれば済むことにできなくはないのじゃ。じゃがの、加護という形を取っておる部分まで一緒にしてしまうと、何と言うか特別な感じがせんようになるじゃろう? じゃからおぬしであれば『チョーカーに触って』というワンクッションを置いたのじゃ」


「特別な感じと言われてもですねえ……、あ、そうか。なるほど、そういうことですか」


 女神のセリフにピンと来なかったマリコだが、答えている途中で気が付いた。まずゲームありきであったマリコと、スキルやアイテムボックスが一般的なこの世界の人たちとでは、普通のラインが違うのである。


 マリコにとっては自分のステータスを見るのもスキルを使うのも本来ならウィンドウを操作してメニュー経由で行うものであり、よく使う機能やスキルだけをショートカットに登録する。一方この世界ではスキルなどは念じることでいきなり使う――マリコだとショートカットに登録する――もので、メニューを開くこと自体が加護を得た者のさらに一部にしかできない。


 つまり、現実的(・・・)には「キーの無いショートカット」こそが普通なのである。加護を得た者にとっても「加護アイテム+キーの無いショートカット」である方が自然なのだろう。


(実際問題として、キーボードがありませんからショートカット「キー」は登録しようがないですしね)


 仮に中空に仮想キーボードが出せるとしても、特定のキーを押さないとスキルが発動しないのでは不便極まりないだろう。戦闘中に素早くスキルを出すために片手を常に仮想キーボードに置いておく……ナンセンスかつ無理がある。


「じゃからおぬしも同じようにショートカットで特定のウィンドウを呼び出すことができるはずじゃ。もっとも、さすがに設定変更の類は呼び出したウィンドウ上で操作してやらねばならんがの。そこまで念じただけで変わっては不安定に過ぎるじゃろう」


 酔った勢いで人前で容姿チェンジなどやらかしたら大騒ぎになるだろう。何でも手軽であればいいというものではないのである。マリコが頷いていると、女神は首を傾げてマリコを見上げた。


「で、本当の用件はなんじゃ? ショートカットの話は今夜ここへ来てからのことじゃろうが。誤魔化せたと思うでないわ」


「うえ!?」


 結局マリコは女神の追求をかわしきることができず、湧き出る欲求について洗いざらい白状させられた。


 ◇


「おぬしが自分で思っていた以上にいやらしかったというだけではないのかの?」


 話を聞き終えた女神の第一声である。


「い、いやらしいって」


「では、性欲が過剰な性質(たち)じゃったと……」


「言い換えただけじゃないですか!」


「ふむ、まあ冗談は置いてじゃの。女の身であってもそういうことはあるというのは知っておるじゃろう。それこそ個人差もあるし、今聞いた話だけではどうしてというところまでは分からぬ。じゃからよほどひどくなるようなことがなければ気にするほどのことではないじゃろう」


「ううう……」


 それなりに恥ずかしい思いで打ち明けた割りにありきたりな答えしか返って来ず、マリコは唸った。


「さて、今の話を聞いてしもうた上ではむしろご褒美になってしまうかもしれんがの」


「は?」


 女神の不穏なセリフにマリコはハッと顔を上げる。


「お仕置……もとい、神罰の時間じゃ」


「はあ!? どうしてですか!?」


「おぬし、もう忘れたか。今夜、つい先ほど何があった? それは誰のせいじゃ?」


「う、あ、それは……」


 マリコの油断のせいでミランダを巻き込むことになったのである。


「おかげでわしの予定もいろいろとズレが、いやそれは今はよい。ただおぬしにはお灸をすえておかねばならん」


「そ、それはもういいって話では……」


「いいなどとは言うておらん。後にすると言うたのじゃ。それにおぬしも自分を罰してくれと言うたじゃろうが」


「あれは言葉の綾というものです!」


「問答無用じゃ。さ、両手を揃えて前に出すがよい」


「い、いやですよ!」


 両手を揃えて前に、というところでマリコの脳裏に先日の記憶が甦った。またにゃあにゃあ鳴く生き物にされるのは御免である。マリコは反射的に両手を身体の後ろに隠した。


「ふ、それが油断というのじゃ!」


「えっ!? あ!」


 背中に回した腕に何かが絡み付いてくる。マリコが上を見上げると、そこを横切っていたはずの洗濯ロープがいつの間にか消えていた。女神が先手を打っていたのである。マリコの両手を音も無く絡め取った洗濯ロープはそのままマリコの身体にぐるぐると巻きついていった。


「くっ、このっ!」


 先に腕を拘束されてしまっては抵抗にも限度がある。マリコはじきに胸元から足首までロープに巻かれて一本の棒のようになってしまった。その身体能力とバランス感覚故に辛うじて転ばずに立っている。


「ほれ、こっちへ来るのじゃ」


「ほ、解いてくださいっ!」


 女神にロープの先を引っ張られたマリコは、転ぶまいとするとピョンピョン飛び跳ねて付いていくしかない。行き先は当然ベッドの方である。


「つい先日、いい物を手に入れての」


 ロープを引きながら、女神は器用にそれを取り出してマリコに見せる。それを目にした瞬間、マリコの顔が引きつった。


「い、いやですッ!」


 それは一見、何の変哲もない耳かきだった。竹でできているらしい軸と片方の端に付いている梵天。しかし、女神はその梵天――羽毛でできた白いフワフワ――をマリコの方に向けながらさらに自慢そうに続けた。


「例の神格研究会の者が作った逸品らしくての。ほれ、こうするとじゃな……」


 どういう仕組みか、何と梵天がゆっくりと回転し始めた。マリコの目がさらに見開く。


「反省しました! しましたから! それは、それだけはッ!」


「このわしの膝枕で、わし手ずから耳掃除をしてやろうというのじゃぞ。ありがたく思うがよい」


「いーやー!」


 マリコのセリフをスルーしてベッドに引き上げた女神は、マリコのメニューを起動させた。


 ◇


 その夜遅く戻って来たマリコを迎えたミランダは、その様子を見てマリコへの質問は明日以降にしようと決めた。そして同時に、神に仕えるというのはかくも大変なことなのかと、期待と決意を新たにするのだった。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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