028 寝起き 1 ★
窓から差し込む光に、マリコの意識はようやく浮上しようとしていた。目覚めかけたマリコは、まぶた越しに感じる左側の眩しさから逃れるように、ゴロリと右に寝返りを打った。
ピタン!
「んっ」
胸に何かが当たったような、柔らかな衝撃を感じてマリコは薄目を開けた。視界は真っ白だった。少し目をこらすと、それはすぐ目の前にそびえる白い壁とその麓まで広がった白いシーツだと分かった。
(あれ、ここは……)
見慣れた自分の部屋のものとは違う壁の色に気付いて、マリコはぼんやりと思った。そのまま視線だけを左へ巡らせると、すぐに木の天井が目に入った。自分の部屋ではないが、その造りや色合いには見覚えがあった。それもごく最近のことだ。
(どこだったろう)
考えながらマリコはまた目を閉じ、右向きに横たわっていた身体をゆっくりと仰向けに倒した。すると、胸の前で何かが右から左に、流れたような転がったような感覚を覚えた。
(ああ、また胸か……。うう、まぶし)
マリコは半ば夢うつつにそう思った。しかし、仰向けになってみると枕元の左側が明るくて眩しい。マリコは身体に掛かったシーツを目元まで引き上げながら、またゴロリと右に寝返りを打った。
ピタン!
今度は左から右に左の胸が流れた感じがした後、右の胸に柔らかい何かが横から当たる感覚があった。
(なるほど。寝返りを打って横に向くと、片方の胸の上にもう片方が落ちてくるからこんな感じがするのか。女の人の身体というのはいろいろと面倒なもんだな……。女の人の身体……女の人の身体!?)
再びまどろみに身を任せながら、頭の隅でそんなことを考えたマリコは、そう考えたことで自分の身に何が起こっていたかを思い出してパチッと目を明けた。
(夢じゃなかったんだ、あれは。……ん? じゃあ、私は今、どうして寝てたんだ?)
シーツの中で身を固くしながら、マリコは記憶を探った。
(タリアさんと話をしていた。そこまではいい。途中で何か込み上げてきて、涙が止まらなくなって、背中をさすってもらって、その後……その後どうした?)
何度思い出そうとしても、そこで記憶が途切れている。
(泣きながら眠り込んだのか!? でも、そうとしか思えない。嘘だろう、子供か。じゃあ、ここは……)
マリコは恐る恐るシーツから顔を出して後ろを見た。するとそこにはタリアだけでなく、誰の姿も無かった。部屋自体もタリアの部屋ではなく、もっと小さめの部屋のようだった。思い返してみれば、タリアの部屋でベッドらしき物を見た覚えはない。
(ここは、どこだ?)
思いながらゆっくりと体を起こして、改めて部屋を見渡した。先ほど寝ぼけ頭で考えたとおり、壁や天井の造りがタリアの部屋とよく似ているので、宿屋の中の別の部屋なのだろう。ここは六畳間程の広さで、家具はマリコが今寝ているベッドと木の机と椅子だけのようだった。机の上には桶とカップと何か小山になった布らしい物が載っている。
部屋の隅に置かれたベッドの頭側の壁に一メートル角くらいの例の障子窓があり、その向かい側の壁に木の扉があった。もう一方の壁には、どうみても襖にしか見えない二枚の引き違い戸があった。
(あれは押入れか?)
マリコがそう思った時、肩に引っ掛かっていた薄めの上掛けとシーツがパサリと滑り落ちた。マリコは何気なくそちらを見下ろした。
「えっ!?」
所々に藍色の染め模様が入った、旅館の浴衣そっくりの白い着物と、はだけかけた胸元を押し上げる胸の谷間が目に入った。
「服、服は!?」
あわてて上掛けごとシーツをめくると、寝乱れた着物の合わせから素足が伸びていた。腰に手をやってみると下にパンツははいているようだが、着けていたはずのストッキングとガーターベルトが無くなっている。
「あ、あそこ。あれか?」
机の上に見えていた布の小山を思い出したマリコは、ベッドから降りようとそちらに足を出してベッドの下を見た。そこには、マリコが履いていた編み上げブーツと、見覚えのないサンダルが並べて置いてあった。とりあえずサンダルに足を突っ込んで立ち上がると机に近づいた。
布の小山は思ったとおり衣類だった。見覚えのある白いシュミーズとガーターベルト、ストッキングと、見覚えはあるもののこちらに来てから直接見た覚えはないホワイトブリムと白いブラジャーが、きれいに畳まれて積み重ねられていた。
(これは、ブラジャー? あ!)
マリコが胸を見下ろすと、はだけた胸元が左右に割れてこぼれそうになっている。明らかにブラジャーを着けている状態ではない。マリコはあわてて襟元をかき合わせた。
(これって誰かが……)
マリコは今の格好になるまでの過程に思い至って、背中に冷たい物が伝うのを感じた。
(泣き疲れて眠って、ここに運ばれて着替えさせてもらって……。なんでそれで目を覚まさなかったんだ、私! 本当に子供みたいじゃないか)
頭を抱えていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい!?」
反射的に返事をしたマリコは今の自分の格好を思い出し、着崩れて太股までむき出しになっていた裾を急いで直した。
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