274 マリコの秘密 7
「それを己の首に押し当てるがよい。そうすれば勝手にはまる」
自分の手に載ったチョーカーをしげしげと眺めていたミランダは女神の声に顔を上げた。受け取ったはいいものの、革のような材質に見えるチョーカーには継ぎ目や止め具らしきものが無く、どうやって着けるのか分からずに困っていたのである。
(己の首に当てるとは、言葉通りの意味であったか)
ミランダは女神に頷き返すと、輪になったままのチョーカーをマリコに一旦預けた。マリコと同じく普段からきっちり締めているリボンを緩めてメイド服の襟元をくつろげると白い喉が露になる。ミランダは受け取り直したチョーカーを自分では見えないそこへ持っていった。手の感覚を頼りにそっと触れさせる。
ミランダの喉に触れた途端、チョーカーは白く淡い光の帯となった。その光の帯が音も無くするりと首の回りを一巡りして消える。光が消え去った後には、ミランダの首にしっかりと巻きついたチョーカーが残された。その様子を見守っていたマリコの口からほうと息が漏れる。
「おおっ!?」
一方のミランダは驚きの声を上げて己の手を見た。首回りという死角で起きた出来事が見えなかったミランダからすれば、手の中にあったはずのチョーカーの感触がふっと消え失せて首の辺りで何か光ったとしか感じられなかったのである。もしや落としたのかと足元を見回すミランダに女神が声を掛けた。
「あわてずとも、もうちゃんと付いておるわ」
「なんと!?」
「ほれ、見てみるがよい」
女神はミランダに手鏡――いつぞやマリコにも貸した物である――を渡してやる。受け取ったそれを覗き込んだミランダは「おおお」と今度は感嘆の声を上げながら首に手をやった。鏡越しに見つめながら感慨深そうに撫でている。
「そうやってそこに触れたまま、『アイテムストレージ』と念じてみよ。無理に声に出さずともよい」
「アイテムストレージ……、おお、これは!」
「えっ!?」
アイテムストレージに驚くミランダを前に、マリコは初めて聞く使い方に驚いた。マリコ自身はいつもメニューを経由してアイテムストレージを開いていたのである。眉をピクリとさせた女神はマリコをちろりと睨む。
「後でおぬしにも説明してやる。今は黙っておれ」
「は、はい」
潜めた声でマリコを黙らせた女神はミランダに向き直る。
「それは第二のアイテムボックスとでも思えばよい。開き方以外の使い方は同じじゃ」
「はっ、承知いたしました」
「今急にいろいろ教えられても困るであろう。それ以外の力については、追々マリコから学んでゆくがよい」
(ええ!?)
さすがに何度も驚いていてはミランダが不審に思うだろうと、マリコは心の中だけで声を上げる。また「承知」などと答えているミランダを見ながら、これはとりあえず女神への質問――あるいは追求――事項に追加だなとマリコは思った。
◇
しばらく女神から加護についてのレクチャーやら守秘事項の指示やらを受けたミランダは、一足先にマリコの部屋へ送還されることになった。マリコだけが残るのは今夜ここへ来た本来の用がまだ済んでいないためという理由なので、ミランダとしてもそれに異議を唱えるつもりは無い。消えるマリコに対する疑念は十分以上に晴れたし、むしろ自分のせいで時間を取らせてしまったと恐縮気味である。
「他に今聞いておきたい事はないかの?」
「……では、一つだけ」
「ふむ、申してみよ」
恐縮しつつも決意を秘めた様子のミランダに、女神も一際真面目な顔になって応じる。
「我らアニマの国に連なる者、アニマの民は本当に女神様の眷属なのでありましょうか?」
「なんじゃと?」
「いや、これは加護云々とは関わり無く、もし女神様にお会いする機会があれば是非とも伺いたかったことなれば」
女神と同じく、この質問はマリコも驚かせた。
(女神様の眷属かどうかっていうのは前に聞いた覚えがありますけど、そんなに気にしてたんですね)
思い返してみれば、ミランダの部屋にはアニマの国旗が飾られているし、自分の耳としっぽにも誇りを持っているのが感じられる。それだけ風と月の女神に対する思い入れも強いのだろうなとマリコは思った。
「ふむ、そう考える者がおるということは知っておったがおぬしもであったか」
「は」
「……済まぬが先に結論だけ言ってしまうとじゃな。おぬしらに限らず、神の眷属などというものはおらぬ」
「な!?」
やや遠慮がちな言い方ではあったものの、あまりにも端的な女神のセリフにミランダは一声上げただけで固まってしまった。かなりショックだったようで、よく見ると身体が小刻みに震えている。
「何をそんなに驚いておる。神がどこぞの部族やら種族やらだけに肩入れするようでは困るじゃろうが。肩入れされなかった方はどうするのじゃ」
「そ、それは……」
不公平だろうと女神は言っているのだ。言われてしまえばその通りで、実在する神が特定の集団に肩入れしたりすればろくな事にならないだろうなとマリコは思った。仮に、対立する集団にそれぞれ別の神が肩入れしたらどうなるか。神々を巻き込んだ抗争などシャレにもならない。うっかりすると世界が滅びかねない事態である。
(もっとも、神話に出てくる神々やこの猫耳女神様を見ているとそんな深刻な話にはならないような気もするんですよね)
国を挙げての腕相撲大会とか探検者を出し合っての武闘大会とか、どこか面白そうな戦いに挿げ替えられてしまいそうに思えるのである。
「じゃがの、神が全てにおいて公平かというとそうでもないのじゃ」
「な!?」
「え!?」
今口にしたことを翻すかのような女神の物言いに、空想から引き戻されたマリコはミランダと共に驚いた。
「それこそ驚くことか。ミランダよ、おぬしは先ほどわしから何を得た?」
「加護を……あ!」
「そうじゃ。おぬしはわしに肩入れされたのじゃ。神々にもそれぞれ気分や好みや意図がある。よって不公平なこともそれなりにやるのじゃ。もっとも神々に肩入れされたからと言うて、それで全てにおいて楽な道になるというわけでもないのじゃがの」
そう言って女神は悪戯っぽい笑みを浮かべた。加護を得た者はそれなりの役割も負わされることになるというのは、二人共タリアという実例を身近に見て知っている。眷属の話で落ち込みかけたミランダも、プラスにはマイナスも一緒に付いてくるという点では一応納得がいったらしい。
「戻られたら今少し話を聞かせていただきたい」
マリコにそう言い残して送り返されて行った。
「さて、彼の者の事はひとまず置いてじゃな……」
ミランダが消え去るのを見届けた女神はそう言い、マリコを振り返ろうと身体を捻ったところで、そのままフラリと倒れ掛かった。
「女神様!」
女神が石畳に接吻する前に、マリコは辛うじてその身体を抱き留めた。
眷属云々は「042 昼休み 1」で出てきた話です。えらい前だ(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




