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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
275/502

272 マリコの秘密 5

 真っ暗な闇に浮かぶ、石でできた四角いステージ。


 ……と、ゲームではそれなりに神秘的だった女神の間は、現在のこの世界では――周囲はともかく――ベッドに机に流し、壁を隔ててバス、トイレと生活感あふれる女神の部屋と化していたはずである。星々に囲まれて天頂に満月を仰ぐシチュエーションこそ確かに神秘的ではあるが、物干しロープも頭上を横切るあの部屋に荘厳さを求めるのは少々難しい。


(あんなところにミランダさんを呼び込むつもりでしょうか)


――神々の加護を受けた者らしく、荘厳な雰囲気だけは崩さすに連れてくるのじゃ!


 そう言った女神の言葉通りにマリコは、精々それらしく見えるように振る舞いながらも一抹の不安を拭いきれない。それでも女神のことであるから、何とか誤魔化す算段があるのだろうと信じてミランダを女神の間へと(いざな)った。移動の操作を終えると、繋いだミランダの手の感触が失われることなく風景が一変する。


 星々の煌きの中に浮かぶ、石でできた四角いステージ。床以外には何も無い、そのステージの中央にマリコとミランダは二人並んで立っていた。


「おぉ……」


 ミランダの口から嘆息が漏れ、マリコの手がぎゅっと握り締められた。目の前に広がる光景にマリコの方も息を呑んで無意識に繋いだ手を握り返す。女神の間は女神の部屋などではなくなっていた。


 正面には満ちた月。


 地上から見上げるより遥かに大きなそれは、地平線――実際にはステージの端だが――からわずかに離れた位置で煌々(こうこう)と輝いていた。白っぽい石の床にわずかにある凹凸が所々に細く長い黒い影を作り出しており、その様子はマリコの記憶にある月面の写真にも似て、まるで自分が月の世界に立っているかのような感覚にとらわれる。神秘的という言葉が相応しい、正に月の女神の居所と言われて納得できる雰囲気を(かも)し出していた。


 マリコがふと隣に目を向けると、わずかに口を開いたミランダはその輝きに魅入られたように固まっており、次に発すべき言葉を見出せずにいるように見える。そのまま後ろまで視線を巡らせると、やはり床以外何もないそこには黒々とした二人の影が長く長く伸びていた。


「マリコ殿、ここは一体……」


 やがて数瞬の自失から回復したミランダが口を開きかけたが、その言葉は半ばで途切れた。二人の目の前に輝きが生じ始めたのである。大きな満月を背に、空中で虹色の光が噴き上げるように渦を巻く。マリコの記憶にあるものより一回り大きいものの、それが女神が現れる兆しであることをマリコは知っていた。やがてそれは集束し、人の形を取る。


 サリーかトーガのように白い布を身体に巻きつけた小柄な身体。その銀髪からは大き目の猫耳が飛び出し、腰の後ろからは長いしっぽが伸びている。そんな銀髪猫耳少女――もちろん女神である――が満月を背にして宙に浮かんでいた。女神の足は床から一メートルほど離れており、二人はその顔を仰ぎ見る形になる。


 腕組みをして浮いていた女神の閉じられていた目がゆっくりと半眼に開かれた。金色の瞳が(あらわ)になった途端、握られていたマリコの手がいきなり解放される。えっと思ったマリコがそちらを見ると、片膝を突いて右手を胸に当て、頭を下げるミランダの姿が目に入った。


(その短いスカートでそのポーズはいろいろとまずいのではないでしょうか)


 ギョッとしたマリコの視線がミランダと女神の間を往復する。すると、目配せをしてくる女神の視線に気が付いた。それを見たマリコはあっと思ったものの、何とかそれを表に出すことなく静かに女神の方へと歩み寄ってその傍らに控えた。それが打ち合わせの時の女神の指示だったのである。マリコが隣に来るのを見届けた女神が口を開く。


「顔を上げるがよい」


「はっ」


 女神とミランダが互いに見つめ合い、ミランダの目が驚きに見開かれるのをマリコは見た。それは驚くだろうなとマリコは思う。髪や目の色合いこそ違うが、二人の顔立ちはやはりよく似ていたのである。


「なるほどの」


 何に納得したのか女神は頷き、次いで話がし辛いとミランダに立つよう促した。さすがにスカートの奥が見えそうだからとは口にしない。始めは遠慮していたミランダだったがじきに折れた。


「それではお言葉に甘えまして」


 ミランダはそう言って立ち上がり、改めて女神と向き合った。それでも女神が浮いている分ミランダの方が少し見上げる形になる。


「我が招きに応じてよくぞ参ったの。聞きたいことがあるなら遠慮なく聞くがよい。何でもというわけにはいかぬが、答えられることには答えよう」


 さすがに硬くなっているようで、黙ったまま言葉の出てこないミランダに女神が助け舟を出した。ミランダは一度目を閉じて深く息を吐き出すと気合を入れるように自分の頬を軽く叩く。


「それでは、まずは確認させていただきたい。貴女様は風と月の女神様ということで間違いないであろうか」


「そうじゃ、いかにもわしが風と月の女神じゃ」


 容姿や性別が未確認の神々がいる以上、状況的にほぼ確定的ではあったが確認しないわけにはいかなかった。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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