265 探検と冒険 8
――変な夢を見たっていう話は聞いたけど
ベッドに横たわったマリコの脳裏にサニアの言葉が甦る。今日一日、恐らく自分の発していた雰囲気や行動が少々おかしかったであろうことはマリコ自身にも分かっていた。何とかならないかと模索した結果、違う方向に目立っていたのである。
サニアのセリフはミランダから伝わった話によるものだろうが、あの夢自体が原因という訳ではない。むしろ、あんな夢を見たというのも結果のひとつなのだろうとマリコは思っている。そう、今朝の夢も今日の奇行も原因ではなく結果なのである。
(何だって今さらこんなことで唸らなくちゃいけないんですか)
マリコはゴロリと寝返りを打って横向きになった。すると、身体の動きに従って引っ張られた胸が寝巻きの中で柔らかく流れ、ピタンと小さな音を立てて下側になった胸の上へと落ちる。それはここで寝起きするようになってからすっかり慣れたいつもの現象、そのはずであった。
「う、くっ」
しまったと思ったが遅かった。その衝撃は小さかったが、マリコが押さえ込もうとしていたものを揺さ振るのには十分だった。はああと息を吐いたマリコはそれを初めて見るかのようにおずおずと視線を下げていく。そこには内から押し上げられてできた山がある。見慣れたはずのその山が、何かを求めているようにマリコには見えた。
マリコを悩ませている原因、それは身体の内側から溢れてくるモヤモヤとしたものである。昨日辺りから急に存在感を増したそれを、思い切り身体を動かせば発散できるかと剣の練習や宿の仕事に打ち込んでみたものの、それで消えてくれはしなかった。むしろ強くなった感覚さえある。
それが性的欲求と呼ばれるものであることにマリコは気付いていた。
この世界に現れた当初は特にそうした欲求を自覚することは無かった。知らない世界に別人の身体――しかも女性の――とそれどころではなかったというのももちろんあるだろう。それなりに経験を積んだ記憶があったが故に、若者のように何かを目にする度に見境無く興奮するような事が無かったからとも言える。
それ以来、特にそうした欲求に悩まされることも無く過ごしてきた。枯れてしまっていたわけではないが、元は四十台も半ばを過ぎていた。その年代であったが故に、そういった衝動に突き動かされることももうないだろう。少なくとも自分ではそう思っていたのだ。
だが、そうではなかったことは先日判明した。女神との一件で猫耳としっぽに触れられる感覚というものを教えられる、というか叩き込まれてしまったのである。その結果、今の自分の身体にもそうした肉体的な快感がきちんとあることを確認させられた。結局のところ、自分の身体を「マリコ」から借り物であると考えていたマリコの遠慮がそうした事を避けていたに過ぎなかったのである。
ただ、先の猫耳の一件では同時にいろいろと発散されて一旦は落ち着いたはずだったのである。それからわずか二日。だからこそ、何故今と感じるのである。
(そんなに早く溜まるものなんでしょうか)
自らの体内に渦巻くこの衝動がどこから来た物なのかマリコには分からなかった。肉体の若さ故なのか、他に何か理由があるのか。しかし、それを考える前にこれをなんとかしなければならない。改めて胸元に目を向けると、そこに手を触れろと本能が呼びかけてくるような気がする。
マリコはふうとひとつ息を吐いて考える。事ここに至っては、今さら無視することも放置することもできない。そんなことをすれば自分がおかしくなりそうだった。これが男の身体であったならまだしも簡単なのにと思う。極端な事を言えばトイレにちょっと籠れば解決できるのである。
しかし、今の身体でそんなことをするのは少々難度が高すぎる。それにこれからもこの身体で生きていくのであれば、その感覚や機能もきちんと理解しておかねばならない。己の身体が未知のままではやがて自分自身が困ることになるのは明らかだった。
――未知なる場所は踏破しなければならない。探検である
――どんな結末を迎えるかはやってみなければ分からない。冒険である
――これは己を知るための探検であり、己の肉体の迷宮を舞台とした冒険なのである
頭の中で意味不明のナレーションが響き渡り、マリコは迷宮の入り口たる寝巻きのボタンをはずして前を少しだけそっと開いた。かすかに覗く白く深い谷間が探検者の来訪を静かに待っている。
恥ずかしいから明かりを消せと、恐らくは内なる女性的な感覚が訴えかけてくる。夜目が利くマリコの能力から言っても灯りを点しておく必要はあまりない。
――迷宮探索には明かりが必要不可欠である!
再び響いた脳内ナレーションに内心頷く。もっとも全ては自らの理性を納得、否、誤魔化すための都合のいい言い訳に過ぎない。明るい所できっちり見たいという男性的な感覚が勝っただけである。
かくしてマリコは探検の第一歩を踏み出した。灯りに照らし出されて輝く、処女雪の降り積もったような渓谷にそっと手が伸ばされる。風呂場で女性陣にふざけ半分で触られた時とは全く違う感覚に身体がびくりと震える。
どこをどう進めばどんな景色が見られるのか。それはかつての記憶の中に残っている。山脈も渓谷も草原も泉も洞窟も。全て、かどうかは何とも言えないが許される限りは踏破したつもりだった。
だがしかし。
どこをどう進まれるとどんな景色を見せられることになるのか。それは未知の領域である。山脈も渓谷も草原も泉も洞窟も。踏破されるということは一体どうなることを意味するのか。にも係わらず不思議なことにそれは既知のことであるとも思えるマリコだった。
「く、ふうっ」
反射的に目を閉じたマリコの鼻から、棒を吐くような息が漏れた。
サブタイトル回収(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
2017/07/20 説明不足に感じた部分を少々追記。




