264 探検と冒険 7
ミランダは当惑していた。今朝からマリコは様子がおかしいのである。いつものように起こしに行った時、マリコはもう目覚めていた。それだけなら珍しくはあるが皆無という訳ではない。
しかし、身体にシーツを巻き付けたマリコは何やら悶々とした雰囲気を漂わせていた。消えるマリコについて、場合によっては直接聞いてみてもいいかとも考えていたミランダの目論見は挫かれ、やはり現場を押えるしかないなと思い直す。そこでどうしたのかと聞いてみれば、夢見が悪かったのだという答えが返ってきた。
「マリコ殿は一体どんな夢を見られたのか」
「あー。いえ、大した事はないんです」
複雑そうな表情でそう言われてミランダは首を傾げるしかなかった。
マリコが着替えるのを待って向かった朝練でもマリコはいつもと違った。普段のマリコはミランダを始めとした誰かに何かを教えている時は熱心だが、マリコ自身の鍛錬にはあまり積極的ではない。技量を伸ばそうというより落ちないように維持しようというレベルに留めているように見える。
ところが今日は違っていた。否、始めはいつも通りだったのだが、途中で何かに気付いたように猛然と木刀を振り始めたのである。素振り、型稽古、打ち込み稽古と汗を流し、打ち込み稽古ではそのために立ててある杭を三本もへし折った。そして、一区切り着く度に何かを確かめるように拳を握ったり額に手を当てて考えたりする。
ミランダを含めて見ていた者には良い参考になったものの、その様子に何人かが引き気味になっていたのも事実である。マリコさんはどうしたんだとミランダに聞いてくる者もいたが、返すべき言葉をミランダは持たなかった。
朝練の後の風呂でもやはりどこかおかしい。ぬるくなって量も減った湯で汗を流していると、時折ミランダの方に目を向けては何事かを考えているようである。視線に気付いたミランダがどうかしたかと問うと、あわてたように何でもないんですと答える。耳としっぽを見ているようだというのは割といつもの事なのでミランダにも分かるのだが、マリコの纏った雰囲気の違いがどこから来ているのかが分からなかった。
いつもと違うマリコは厨房に入ってからも続いた。普段から料理に熱意を持っているのは間違いないのだが、やはり雰囲気が違う。朝練の木刀ではないが、何かに憑かれたように怒涛の勢いで包丁を振るっている。厨房の業務としては順調で何の問題もないはずなのだが周りで見ている者はそうもいかない。
「あれ。マリコさん、何かあったの?」
案の定、ミランダはサニアに袖を引かれて食堂の隅に連れて行かれ、こっそり耳打ちされる。食堂に居た他のメンバーも気付いてやってきていた。
「いや、朝起きた時からああなのだ。私にも詳しくは分からぬ」
マリコのことを誰もが自分に聞いてくるというのはミランダにとって誇らしく思えることではあったが、今日の件については答えを持ち合わせていない。ミランダはそれを無念に思いながらもそう答えるしかなかった。
「今朝から……。バルトさんたちが心配、というのともちょっと違うみたいだし、何なのかしらね」
「今朝の夢見が悪かったとは聞いたのだが……」
「どんな夢を見たのかしら」
「それは教えてくれなかったのだ」
「じゃあ、きっとそれが原因なのね」
何人かで額を寄せ合って話してみたものの、さすがにヒントがそれだけでは真相に辿り着けるはずもない。さらなる情報を求める視線がミランダに集まった。
「あまり期待されても困るのだがな」
時々いなくなる件もあり、マリコのことを探ろうとしているのは事実である。ミランダは曖昧に頷き返した。
◇
マリコが不思議な熱意を見せようとそれを皆が不思議に思おうと、そんなことに関わりなく時間は流れていく。いつの間にか食堂は店仕舞いとなる時間を迎えていた。
後片付けを終えた皆は入浴も済ませ、今は風呂上りの一杯をやっている。マリコとミランダは当然その中にいた。結局丸一日例のペースで仕事を続けたマリコはさすがに少し疲れた様子を見せているが、どこか悶々としたような雰囲気は朝とあまり変わっていない。しかし、さすがにビールは別なのか幾分和らいだ表情でジョッキを傾けていた。
「ミランダさん」
「マリコ殿」
ジョッキが空になった頃、二人は同時に声を上げた。顔を見合わせてどうぞどうぞと譲り合いになった後、マリコから話をすることになる。
「いえ、大した事ではないんです。もう一杯だけ頂いていこうかと思うので、何でしたら先に部屋に戻ってもらってもと思いまして」
二人が同じシフトに入った時は連れ立って戻るのが常なので、マリコとしては断りを入れておこうというつもりだったのである。それを聞いたミランダはふっと笑みを浮かべて答えた。
「なら同じ話であったな。実はこの後、私も少々やっておきたいことがあってな。マリコ殿がまだ飲まれるなら一足先に部屋に戻らせて頂くが、と言おうとしたのだ」
「ああ、本当に同じ話ですね」
二人は改めて顔を見合わせて笑い合った。
「ではマリコ殿。申し訳ないがお先に失礼いたす」
「はい。おやすみなさい、ミランダさん」
歩み去るミランダを見送ったマリコはサニアを振り返った。話が耳に届いていたサニアは分かっているとばかりにマリコに向かって手を出した。
「おかわりでしょ?」
ところが、その手に空のジョッキを渡すことなく、マリコは申し訳なさそうな顔をする。
「いえ。あ、おかわりには違いないんですが、壜を頂きたくて」
「ええっ!? こないだの、もう飲んじゃったの!? いくらなんでも飲みすぎよ」
先日、女神に持っていった二本の壜は早々に飲み尽くしてしまったのである。マリコ一人で飲んだと思っているサニアが驚くのは無理はない。マリコは急いで手を振った。
「いえ、違うんです。あれは実は……」
さすがに二、三日で壜二本は普通ではない。マリコは神様に供えてみたら持っていかれたのだと説明した。実際に女神に渡したので嘘ではない。もっとも約半分はマリコの腹に収まったのだが。
「それじゃ仕方ないわね」
「ありがとうございます」
新しい壜を出してくれたサニアに礼を言って、マリコは早速その封を切った。ところが、注ごうとしたところでそれがヒョイと取り上げられる。今手渡してくれたばかりのサニアだった。
「マリコさん、何かあった?」
「え」
「朝から変だったでしょう。変な夢を見たっていう話は聞いたけど。私でいいなら聞くわよ」
ミランダには頼んだものの、いい機会だと思ったサニアは直接聞いてみることにしたのである。
「あー、ええと……」
優しく聞いてくるサニアにマリコは目を伏せて少し迷った。しかし、サニアに話していいものなのかどうかすぐには判断がつきかねるし、口に出すのは少々、いやかなり恥ずかしい。マリコは少し赤らんだ顔を改めてサニアに向けた。
「もしかしたらご相談させていただくかもしれませんけど、もう少し考えてみます」
「そう? ならその時は言ってね」
「はい、ありがとうございます」
無理に近寄り過ぎず、かといって放り出すわけでもない。そんなサニアの話し振りが何となくタリアのようだなと思いながらマリコは頷いた。
その後、開けたウイスキーを一杯だけチビチビと飲んだマリコは壜を仕舞って部屋へと戻った。隣の部屋の方向にはミランダの気配がある。ああ、帰ってるんだなと思いながら、壁のランプに灯りを点したマリコはパジャマに着替えた。
(一日いろいろやってみましたけど、この感じは変わりませんか)
ベッドに腰を下ろしてふうと息を吐いた後、そのままパタリと倒れ込んだ。
珍しく「翌日」とかやらずに時間経過が早いです(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




