262 探検と冒険 5
夜、食堂の酒場としての業務も終わり、夜番の者を残してそれぞれは帰途に着く。と言っても、住み込みであるマリコとミランダは自分の部屋に戻るだけである。隣り合った部屋に住んでいる二人は、ロの字型をした建物の食堂とは反対側の辺にある自室まで廊下を連れ立って歩き、そこでおやすみを言い合って分かれた。
部屋に入ったミランダは早速腰の後ろに手を回してエプロンのリボンを解きながら、何となく左手にある物入れの方に目を向けた。もちろん物入れそのものを見たわけではない。その向こう側、物入れのスペースを挟んだ隣の部屋の主はマリコであり、今しがた分かれたマリコがそこにいる気配を感じているのである。
そのマリコの気配を感じながらミランダはエプロンをはずしてハンガーに掛け、次いでミニのメイド服を脱いだ。膝上丈の白いストッキングをガーターベルトで吊ったスレンダーな下着姿のまま、それを目の前に掲げる。その色は黒。宿で準備してもらった物ではなく、先日マリコに譲られた、マリコとお揃いの物である。
魔力を帯びた材料で作られているというそれが持つ防御力は、膝上までしかない丈にも係わらず全身に及ぶ。その効果は先日の狩りで実感した。今まで虫除け薮除けに使っていた防護もおそらくはもう必要ないだろう。動きやすさについてはそれまで着ていた革鎧とは比べるべくもない。
スカート丈が短いせいで動き回ると見えてしまうという欠点はあるがそんなものは些細なことである。オーバーパンツを穿いていればいいのだと考えたところで、そういえばマリコはそれを「ぶるま」とか呼んでいたなとミランダは思い出した。当然、今日は狩りに出るわけではなかったので「ぶるま」は穿いていない。そんなものを穿かずとも鉄壁の防御を誇るマリコの体捌きの技を盗み取ることも今のミランダの課題のひとつだった。
(本当にマリコ殿にはいろいろもらってばかりだな)
ミランダはそう思いながらまたマリコの気配の方へと振り返った。耳の良いミランダは元より常人以上に気配に敏感だったが、これもマリコの感じ方を聞いて強化されたことの一つである。もっともマリコの説明は、何となくこんな風に感じる、という割と曖昧なものだったがミランダにとっては十分ヒントになった。
剣の技、料理、服、その他諸々。ミランダがマリコから得たものは多く、これからもまだまだ教わりたいことも多い。しかし、そのマリコが探検者となることを視野に入れている。昼間に話した時の印象だと今すぐというわけではなさそうだが、少なくとも求められた時あるいは必要となった時には応じるつもりがあるのだろう。そのための準備なのだとミランダは考えた。
(では、その時私はどうするのか)
マリコも片付けをしていたのだろう。部屋の中をあちこちと移動しているようだったマリコの気配が、ミランダがそこまで考えたところで一度止まったかと思うと唐突に感じられなくなった。
「えっ!?」
思わず声を上げたミランダは改めて意識を向けてみたが、何も動く様子がない。自分の感覚が間違っていないのなら、これはマリコが部屋からいなくなったということである。ミランダは今の自分の格好を忘れて廊下へ飛び出した。右左と首を振って見渡してみるが、いくつか魔法の灯りが残る廊下には誰もいない。
「マリコ殿、マリコ殿?」
隣の扉をノックしてみたが当然返事はなかった。気配を探る自分の感覚はいないと告げてくるものの、万が一倒れているようなことがあれば大変である。ミランダは躊躇することなく鍵を取り出すと、扉を開けて中を覗き込んだ。
「……マリコ殿?」
壁の燭台に一つだけ点された灯りが闇を払っており、さほど広くもない室内はひと目で見渡せた。もちろんマリコの姿は無い。ミランダはそっと部屋に入ると、ベッドや机の横など見落としそうなところにもう一度目を向けた。しかし、やはりマリコはどこにもいない。
最後に、さすがにそんなところにはいないだろうがと心の中で申し訳なく思いながら物入れの引き戸を開ける。案の定、クローゼット側にも真ん中に段のある押入れ側にも人が隠れていたりはしなかった。それ以前にそもそも荷物もほとんど入っていない。着替えの類がいくらか見える程度である。押入れの下の段など全くの空だった。
「荷物が見つかったと聞いたはずなんだが……」
ミランダが譲られたメイド服もその荷物にあったものだと言われた覚えがあるので、荷物が出てきたことは間違いないだろう。しかし、それにしては物が少な過ぎるのである。ミランダの部屋でももうちょっとある。
「もしや、全部アイテムボックスに入れて持ち歩いておられるのか」
マリコのアイテムボックスの容量が大きいことは狩りの時などに見てミランダも知っていた。それにしても限度というものがあるだろうとミランダはふうとため息を吐く。ともあれ、マリコの不在を確認したミランダはそれではどこだと首をひねった。
ここしばらく夜になると時々部屋からいなくなっていたマリコ。どこかへ行っていたのかと聞くと手洗いだの食堂だのともっともらしい事を言ってはいたが、それらは全てこういうことではなかったのか。
「でも、一体どこへ、どうやって……」
瞬間的に消えたり移動したりする魔法などミランダは聞いた事がない。そんな機能を持っているのは転移門くらいのものである。ガーターベルト姿であることも忘れて、ミランダは腕を組んで唸る。その腰から伸びた赤トラのしっぽがゆらりゆらりと揺れていた。
マリコは果たしてどこへ?(笑)
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