259 探検と冒険 2
「洞窟かい?」
「はい。どんなところなのかと思いまして」
朝食の片付けが終わった後、例によってタリアの書類整理の手伝いを頼まれたマリコは、キリのいいところまで進んだところでいい機会だと聞いてみることにしたのである。ナザールの里周辺のことであればタリア以上に詳しい者はいないだろう。
「このタイミングで聞いてくるってことは、東一号洞窟のことだね?」
「東一号洞窟?」
「おや、そこまでは聞いてなかったかい? 今朝バルトの組が向かった洞窟のことさね」
「わざわざ東一号って付いているということは、洞窟ってそんなに一杯あるんですか」
「いやいや、一杯はないと思うがね。番号を振ってあるのは便宜上でね、ナザールの里の東側で見つかった一つ目の洞窟だから、ナザール東一号洞窟。分かりやすいだろう?」
タリアが言うには他に西一号洞窟と西二号洞窟が見つかっているのだそうだ。もっともこの二つはさほど深くなく、入って行っても一本道でじきに突き当たりになるという。深さがあって魔物もいるような洞窟は今のところ東一号洞窟だけらしい。
「もちろんまだ見つかってないだけってことはあるだろうから、他にはないとは言い切れないがね。特に東側は山がちだし。……で、とりあえず東一号洞窟の話だったね」
そこまで話したタリアは席を立つと戸棚から書類挟みを一冊引っ張り出してきた。自分の席に戻ってしばらくその中を探った後、一枚の紙を取り出してマリコを呼ぶ。タリアの執務机の前に立ったマリコが覗き込むと、それは手書きの地図だった。もちろん、東一号洞窟のものである。
里の東にある山の向こう側の斜面途中にあるという東一号洞窟。その中がどうなっていて何がいたかがその地図には書かれていた。入って間もなく分かれ道があり、右はじきに突き当たりで広場になっており、左に行くとスライムの池がある。その奥はしばらく一本道で、そこからさらに分岐や広場があるとなっていた。さらに奥には川らしいものまである。
地図の各所には「スライム(魔)」、「コウモリ」、「骨(魔)」などのそこにいるものや道の傾き具合など、いろいろと書き込みもされている。魔と付いているのは魔物ということなのだろうなとマリコは思った。
(「骨(魔)」っていうのは骨の魔物? スケルトンか何かいるっていうことでしょうか)
「これは私が書き写したもんでね。原本はバルトたちが持ってる」
タリアにそう言われ、考えかけたことを一旦脇に置いてマリコが改めて地図を見ると、確かに書き込まれた文字はここしばらくの間にすっかり見慣れたタリアの筆跡である。
「じゃあやっぱりこの洞窟に入って地図を作ったのはバルトさんたち……」
マリコはところどころにある書き込みを読みながら地図の上を進んで行ったが、その旅は唐突に終わりを告げた。道は続いているらしいのだが書き込みが途切れ、そこから先は白いままである。マリコが顔を上げると、そのマリコを見ていたらしいタリアと目が合った。
「今分かっているのはそこまでだよ」
「え、それじゃあ……」
「今回はそこから先にも行ってみるって言ってたね」
「え?」
「まあ、こういう機会でもないと、なかなか洞窟だけに時間を掛けてもいられないからね」
同じ方向を担当する探検者の組が複数いれば別だが、そうでない場合はやはり基本的には見回りの方が優先されることになる。何故なら、野豚の元ボスやボスオオカミの時のように地表の動物は周囲の影響を受けることが多く、それに対処するにはなるべく早く状況を察知する以外に手がないからである。
逆に、洞窟に魔物がいる場合でもその魔物が外に出てくることは滅多に無く、放っておいても問題ないことがほとんどである。もちろん洞窟内を把握しておくに越したことは無いが、普段はどうしても後回しになってしまう。今回はバルトと山桜の都合でこうなったとはいえ、いい機会であることには違いないのだった。
「でも、何が出てくるか分からないんですよね」
ゲームで言えば、ダンジョンで初めて訪れるフロアを地図作りしながら進むようなものである。
「そりゃそうだがね。でもそれは外だって同じさね。こないだのオオカミみたいなことはあり得るんだから。それにね」
「それに?」
「自分たちの身の安全だけを考えられる分、洞窟の方が無理をしなくて済むんだよ。こないだバルトたちが大怪我をしたのはどうしてだと思ってるんだい?」
そう言われてマリコは気が付いた。先日のボスオオカミとの戦いはバルトたちが襲われたわけではない。里の方に向かうオオカミの群れを発見して、それを止めるためにバルトの方から戦いを挑んだのである。我が身だけを考えるなら見逃してしまえばよかったのだが、もちろんそういうわけにはいかない。結果として群れが二つあったせいでバルトたちは全滅しかかったのである。
しかし、洞窟の探検中ならどうか。後ろに守るべきものがないなら、自分を守るために逃げたって構わないのだとタリアは言っているのである。マリコはなるほどと納得しながら、自分には経験が足りないなと思った。能力こそ高いのだろうが、現実での経験が足りてない。
(探検者……)
ゲームの冒険者とは似て非なるもの。バルトたちに対する心配は多少軽減されたものの、マリコの胸には別の想いが生まれた。
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