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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
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256 行きつ戻りつ 9

 ブランディーヌが出て行った後、ふと視線を感じたマリコが脱衣所の方を振り返るとそこにはまだカリーネたち三人の姿があった。いくつか置いてあるイスにそれぞれ座ってはいるものの、何故か顔は出入口、つまりマリコがいる方を向いている。その様子を見てマリコはおやと思った。


(珍しいですね)


 まだ数えるほどではあるが、カリーネたちと風呂で一緒になったり、マリコが番台にいる時に三人が風呂に入ったりしたことはある。しかし、彼女たちは風呂から上がるとさっさと出ていくのが常であり、今のように脱衣所で座っているのを見たのは初めてだった。もちろん、マリコがこれまでに見た方がたまたまだったという可能性も無いわけではない。


(まあ、コーヒー牛乳売ってるわけでもありませんし……)


 大人になってからはビールに取って代わられた感もあるが、元々マリコにとって銭湯の湯上りと言えば瓶入りのコーヒー牛乳である。物心ついた時にはもう家に風呂があったが、それでも時々祖母に連れられて銭湯に行った。大きな浴槽に浸かった後、脱衣所で飲んだコーヒー牛乳の美味しさは今でも思い出せる。


(外で売ってるのと同じ物のはずなんですけど、どういうわけかあれはとても美味しかったですねえ)


 しかし、今のところこの宿の風呂では飲み物は売られていない。手拭いやセッケンといった入浴のための物がいくつか番台に置いてあるだけである。何か飲みたければ食堂に行くか、あらかじめアイテムボックスに準備しておけば済むと言えば済む。


(でもお風呂から上がってきたところでコーヒー牛乳……でなくても、何か冷たい物を売っていれば買う人は結構いるんじゃないでしょうか。いや、やはりできればコーヒー牛乳を置きたいところですね……って、あれ? そもそもここにはコーヒーがあるんでしょうか)


 以前のマリコはどちらかというとコーヒー党だったはずである。だが、こちらで目覚めてから特にコーヒーの事を思い出すこともなかった。そこまで考える余裕がなかったからなのか、ビールとウイスキーがあったのでそこで満足していたのかは分からない。しかし、思い出してしまった以上、飲みたくなるのが人情というものである。マリコはコーヒーとコーヒー牛乳販売計画について考え始めた。


(コーヒー自体については誰かに聞くしかありませんね。牛乳はありますけど、ガラスがまともにありそうにないんですよね。ガラス瓶が無理ですか。それを何かで代用して冷やしておくための冷蔵庫を……)


「……さん、マリコさん?」


「え?」


 腕を揺すられる感覚にマリコはふと我に返る。声のする方へ目を向けると、番台の下から見上げてくるカリーネと目が合った。


「大丈夫なの? 何だか固まってたみたいだったけど」


「はい、あ、ええと、大丈夫です。大したことじゃありませんから」


 さほど長い間ではなかったようだが、振り返ってそのまま黙り込んでいたようである。マリコは手を振って、巡っていた計画を頭の隅に追いやった。わざわざ今考えなくてもいいのである。それを脇に置いたことで、マリコは始めにカリーネたちを見て感じたことを思い出した。


「カリーネさんたちがお風呂上りにそこで休んでたのを、珍しいなって思ったんですよ」


「ああ。ちょっとマリコさんに話をしようと思って」


 どうやら珍しいと思ったのは間違いではなかったようである。カリーネたちはブランディーヌが先に風呂場を出るまで待っていたということらしい。ただ、そうまでして出してきそうな話題はさすがにマリコにも見当が付いた。


「それはもしかして」


「あー、そのバルトのことなんだけど、一つだけ」


「はい」


 三人が風呂に入る前に一度流したというかマリコが逃げを打ってしまったので、またというのはマリコにも気が引けた。


「マリコさんの前だと何かちょっとおかしいけど、いつもはそうじゃないの。それだけは言っておこうと思って」


「そうそう、もっと普通なんだよ」


「ボクらといる時はまとも。それでもう少し頼りになる」


 カリーネの話にすかさずミカエラとサンドラも同調する。マリコとしても彼女たちの言う事は分からなくもない。普段からマリコの前に来た時のような調子なのではさすがに(パーティー)のリーダーはやっていられないだろう。それに猫耳については流暢に語っていたではないか。あれはあれでどうかという気もしないではないが、恐らくあっちがいつものバルトに近いのだろう。


「だから、できたら一度まともに話をしてほしいなあって。それだけ」


「ええと、できればそうしたくはあるんですが」


 マリコとしても話をすること自体を拒否するつもりはない。探検者(エクスプローラー)としてのバルトに聞いてみたいこともある。ただ、このところ――今朝のように――自分の方も何やら挙動不審になる場合があるのだ。そこが自分でも読めなくて困っている。マリコの答えは曖昧なものにならざるを得なかった。


「それでも十分……」


 言いかけたカリーネの言葉が終わらないうちに、外から足音が聞こえてきた。もう男湯の方も入れる状態になっているし、いつ頃入れるかという話は宿の方にも伝わっているはずである。カリーネはそれ以上話を続けることなく、それじゃあと言って暖簾をくぐって出て行った。後の二人もそれに続く。


 しかし、引き戸の開く音がしたと思うとあらっというカリーネの声が聞こえた。次いで今度は男湯側の暖簾が捲れて、そこから顔を出したのはバルトでもトルステンでもなかった。


「そろそろ入れるって聞いたんですけど、構いませんか」


 ブランディーヌが着ていたものと同じような作業着に身を包んだ、三十前後の男が覗き込んでいた。ここ数日の間にやってきた神格研究会関連のうちの一人である。


「ええと、はい。大丈夫です」


 マリコがそう答えると男は頷いて、入って来ずにそのまま引っ込んだ。開けたままになっていた引き戸から外に半身を出すと宿の方に向かって声を上げた。


「おーい、もう大丈夫だってよ!」


 おおという返事がかすかに聞こえ、じきに何人かの足音が近付いてくる。程なく暖簾をくぐったのは、全員作業着姿の数人の男たちだった。朝の内に作業が終わったという人たちなのだろう。皆宿に泊まっている者なので、マリコは風呂の料金を取る代わりに部屋の鍵を確認していく。


「やっと汗流せるー」


「洗濯も頼めますか?」


「俺も俺も」


「えっ、マリコ様!?」


「おお!」


 番台にいるのが誰か分かった途端に大騒ぎである。さすがに不躾なことを言い出す者はいなかったが、二十代から三十代の男ばかりだったのでこれは仕方ないだろう。


「この時間ですと洗濯は明日になる場合があります。お急ぎの方は……」


 マリコは洗濯希望者に網を配って説明していく。一人分ずつまとめられた洗濯物はマリーンがいる裏へ回されて名前や汚れを確認した後、可能なら今日、間に合わないようなら水に浸けておいて明朝洗濯機に投入される。この辺りは洗濯場の状況や天気にもよるので確約するわけにはいかない。


 明日着る物に困るなどの急いでいる場合は、洗濯場で道具を借りて自分で手洗いすることもできなくはない。ただし、その場合は物干し場の管理に困るので持ち帰って部屋干しになる。手洗いすると言った者はいなかったので全員分が預かりとなった。


「だから、ここで落ち着いて話をしようとか無理だって言っただろう」


「……」


 暖簾の下から顔を覗かせて番台前の騒ぎを見たトルステンは、隣で黙り込むバルトの肩をポンと叩いた。

銭湯にコーヒー牛乳。異論は認めます(笑)。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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