253 行きつ戻りつ 6
2017/06/03に、前話「252(255部分)」の前半部分に若干追記いたしております。
ストーリーには影響ありませんが、気になる方はお手数ですが「前の話」をご覧ください。
マリーンは浴衣やセッケンなどの準備や補充のために脱衣所側へ回り、洗濯自体は終わったということでフローラは食堂に戻っていった。マリコはそのまま風呂の準備の続きをやっている。
男湯の浴槽にポンプを繋いで水を入れつつ、女湯の風呂釜に薪を組んで魔法で火を点ける。着火は離れた位置を狙って火を点けることもできるので、釜の奥側など何カ所かに点火してやれば火が回るのも早い。
風呂釜の前にしゃがみ込んだマリコが広がっていく炎を見守っていると、後ろからパタパタと足音が聞こえた。マリコが振り返ると洗濯場に入ってきたサニアがそのまま近付いてくる。その心配そうな表情に気付いてマリコは立ち上がった。
「何かあったんですか!?」
「何かって、マリコさんこそ大丈夫なの?」
「え? 私ですか」
サニアが何の事を言っているのか分からず、マリコは首を傾げた。その様子を見て今度はサニアが首を傾げる。
「戻って来たフローラが、マリコさんが水で湯船を一杯にしたって言ってたんだけど、違うの?」
「いえ、違いませんけど」
「それじゃ大丈夫じゃないじゃないの! 桶一杯とかならともかく湯船一杯なんて!」
「いやいや、確かに大分魔力を使いましたけど大丈夫ですから」
誰でも使える水の魔法は出す水が少量であればさほど魔力を食わない。マリコであればコップ一杯くらいなら魔力が減った感覚さえほとんど感じずに済み、厨房の水桶――容量数十リットル――を満たして「ちょっと減ったかな」と思う程度である。
湯船掃除の時にやった○ルトラ水流――ホースで流すような水の出し方――だと魔力はじわじわと減っていくものの、その間に自然回復していく分もいくらかはあるので結果としてはそんなに減った感覚はなかった。
しかし、湯船を満たす量を一気に出すとさすがにマリコの魔力も相当減った。掛けた時間が短すぎてその間の自然回復分など微々たるものである。メニューを開いて確認すれば正確なところも分かるだろうが、さすがに人目のあるところでやるわけにもいかない。それでもマリコの感覚的にはまだ半分以上は残っている。
マリコがそういった説明をいろいろとぼやかしながらしていくと、サニアはようやく納得したようだが今度は呆れたような感心したような表情になった。
「マリコさん魔力も多いとは聞いてたけど、さすがねえ。でもそれだとやっぱり元に戻るには大分掛かるんでしょう?」
「それは、まあ」
魔力は普通に活動していてもゆっくりと回復していく。安静にしていればさらに回復速度は上がる。一番手っ取り早いのが寝てしまうことで、一晩ゆっくり眠れば大抵は全快する。この辺りのことは経験的に知られていた。
「じゃあマリコさん、この後番台をお願いね」
「え、食堂はいいんですか」
「今日はフローラもいるし、もうじき昼番の人たちも来るからなんとかなるわ。それに、お風呂を早く開けるなら結局こっちで人が足りなくなるのよ?」
「あ、そうですね」
普段ならこの後風呂の準備をしながら乾いた洗濯物から順次取り込み、午後には手伝いの人も加わってアイロン掛けや仕分けが行われる。それが大体片付いた頃に風呂が沸いて入れるようになるので、それまでは番台に人は要らないのである。
ところが今日はもうじき、少なくとも女湯は入れるようになる。開けるなら誰かが番台に座らないと困ることになるが、洗濯場側の仕事がまだ終わっていない。マリーンが洗濯場と番台のどちらに回るにせよ、結局もう一人は必要になるのである。
一方の食堂はというと、マリコがいる方がいいには違いないが絶対というわけでもなくなってきている。いくつかあるマリコ考案のメニューも皆がレシピや手順に慣れてきたので、もう作るのに特に問題はない。
元々マリコの手際の良さによるスピードアップはあっても火を通したり漬け込んだりといったことに掛かる時間は変わらない。休みの日のように料理人が少ない時には影響が大きいだろうが、今日は平日なのでパートの人もおりマリコが不在でも影響が少ないのだった。
「あとはマリコさん目当てに来る人ががっかりするくらいかしら」
「それはどうなんでしょう……。あ」
何と答えればいいのかと思ったマリコは、同時に今朝のことを思い出した。皆の前で真っ赤になって逃げたのである。いつ戻るか賭けになっていることも聞いた。
(これで今食堂に戻ったら格好の餌食じゃないですか)
突っ込みが入らないわけがなかった。どうしてあんなことになったのか自分でもはっきり分からないのにうまく返せる自信などあるはずもない。マリコの背筋に冷や汗が流れる。どっちにいるのがマシなのかは一瞬で答えが出た。
「わ、分かりました。今日はこの後もこっちを手伝います」
「じゃあ、無理しないようにお願いね。あ、お風呂だけど、あとどれくらいで入れるようになりそうかしら」
「女湯の方は一時間も掛からないと思います。男湯もお昼過ぎくらいには大丈夫です」
「じゃあ、戻ったらそう伝えておくわ。これからは毎日早目に沸かすようにしないといけないかもしれないわね。母さんとも相談しなくちゃ」
そう言ってサニアは戻っていった。マリコも再び釜の前に座り込む。釜の火は良い具合に大きくなっていた。
◇
「それでは番台に入りますから、火の方はお願いします」
「はい。こちらこそお願いします」
しばらくの後、マリコは戻って来たマリーンに後の事を頼んで通路に入った。正面の短い階段を登るとそこが番台である。確かに厨房で動いているよりはここに座っている方が魔力の回復は早いだろう。ついでにマリコはあるスキルを発動させる。
「魔力回復力上昇」
長ったらしい名前のこのスキルは文字通り魔力の回復力を上昇させる。ただし、派手に動くと効果が途切れてしまうので戦闘中などにはもちろん使えない。歩くくらいがせいぜいで、おそらく料理をするのも厳しいであろう。
サニアから伝わっているはずなので、じきに誰かが風呂へ入りにやって来るはずである。マリコは魔力が戻っていくのを体感しながら待った。
銭湯の番台って、やってみたいことの一つじゃありませんか?
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




