244 八つ当たり 9
「マリコよ……」
威厳に満ちた女神の声がマリコの頭上に降り注いだ。その顔に浮かんだ笑みからは慈しみさえ感じられる。女神は軽く腕を組んで薄い胸を張り、悠然とマリコを見下ろしていた。もっとも、マリコの背中に跨って座り込んでいるところでいろいろと台無しである。
「なにするんですかぁ、もぉ」
女神に構わず相変わらず呂律の回っていない様子で文句を言ったマリコは、視線を前に戻して洗濯ロープの巻きついた手首をえいえいと引く。マリコとベッドの柱を繋ぐ薄茶色のそれは、宿屋で使われているのと同じようなただの細い麻縄だったはずである。しかし、それは少々引っ張ったくらいではびくともしなかった。
「人の話を聞かぬか、この酔っ払いめが!」
「あいた」
後ろ頭にチョップをもらったマリコはもう一度首を捻って恨みがましい目付きで女神を見上げる。そこへ女神の手が伸びた。さらに一撃が来るかとマリコは首をすくめて目を閉じる。しかし、それは二発目のチョップではなかった。
「あっ」
女神の手は、カチューシャ式になっているマリコのホワイトブリムをはずしてぽいと脇に放り出すとマリコの頭に置かれた。そのまま優しく撫で始める。
「ふわっ」
「わしの都合もあっておぬしは今の状態じゃ。それなりの苦労は掛けておるじゃろう。そこは申し訳なく思う」
頭を撫でられて喜ぶ趣味は無かったはずだが、予想外の心地よさにマリコはそれを振り払えなかった。真理子の頭を撫でるのは好きだったし、それを真理子も嫌がってはいなかった。しかし、自分が撫でられて気持ちいいと感じたのはいつのことだっただろうと、マリコは霞の架かった頭でぼんやりと考える。
「酒を勧めたのはわしじゃし、溜め込んだものを吐き出してしまえと促したのもわしじゃ。そういう意味では半分はわしの責任じゃ」
「ふにゅう……」
女神の手付きはさらに優しさと繊細さを増し、マリコは拘束されていることさえ忘れて息を吐く。目を細めてぐんにゃりする様子は猫か何かのようである。酒臭い息を吐き出しているという点では虎かもしれない。
「じゃがの」
「ふに?」
マリコを撫でていた手がピタリと止まった。
「それはそれ、これはこれじゃ。全てを水に流して無かった事にするのではおぬしのためにならんし、そもそもわしの気が済まん」
女神はその笑顔を慈愛に満ちたものから好戦的なものへと変えると、マリコの頭に置いた手に力を込めた。そのまま厳かに唱える。
「状態回復」
「ああっ!?」
酒に酔った状態、即ちアルコールによる酩酊とは状態異常の一種である。アルコールという名の毒物に侵されている「毒状態」と言ってもいい。女神の放った状態回復はそれを瞬く間に正常化した。
「あの……どうして?」
「酔って訳が分からなくなっておるおぬしにやりかえしても意味がないからの」
強制的に酔い覚ましされて戸惑うマリコに、女神は晴れやかで楽しげな笑みを向ける。
「な、何をする気ですか!?」
「決まっておろう、お仕置きじゃ! いや、これでは少々威厳が足りぬの。……うむ。神をも畏れぬ不逞の輩に神罰を下す! これでよかろう」
「よかろう、じゃありませんよ。言い換えただけじゃないですか」
「さて、まずは……」
マリコの抗議を無視して、女神はマリコの背中の上で器用にくるりと時計回りに半回転した。後ろ向きになった女神の前には、長いスカートに包まれたマリコの下半身が伸びている。女神は目の前にある尻をむんずとつかんだ。
「ひゃあ!」
しかし、女神がつかんだのは尻そのものではなかった。それを覆うスカートを握ると、投網を引くようにどんどん手繰り寄せていく。
「ちょっ、え!? な、何やってるんですか!」
マリコが思い切り首を後ろへ向けても、女神の身体が邪魔になってその手元は見えない。しかし、脚の後ろ側を撫でていく布の感触からスカートが捲くり上げられていくのが分かった。自由になる膝から下をバタつかせてみたがそれで止められるものでもない。じきに腰の後ろまで裾が引き上げられた。
メイド服の下にあったシュミーズも一緒に捲られ、パンツとガーターベルトだけが残された尻が明るい月の光の下に曝け出される。マリコが何とも言えぬ恥ずかしさにうううと唸っていると、女神はそれを軽くぺしぺし叩いてマリコを振り返った。
「このまま、おぬしが泣くまで尻を叩いてやるというのも一興じゃがの」
「イヤですッ!」
マリコがお尻ペンペンなどされたのは小さい頃に祖母に叱られた時くらいである。しかし、女神のお尻ペンペンはそんな生易しいものではないようだった。
「もっとも、今のおぬしが泣くまでとなると、皮が裂けて肉が弾けるところまでいかねばならんじゃろうがな。どうじゃ、試してみるかの?」
「もっとイヤです!」
「おぬし、多少の事なら治せるじゃろうが」
気楽に言う女神にマリコは冷や汗が噴き出すのを感じた。確かにマリコの回復系魔法があれば可能なのである。先ほど状態回復を使ったところからして女神にもできないとは思えない。後で治せるからと気軽に傷つける、ということもあり得るのだ。使う目的を違えれば回復系魔法はとても恐ろしいことができるのである。
「……脅かすのはこの辺にしておこうかの。わざわざ怪我をさせるなぞ、アホらしい話じゃ」
苦々しげに言う女神にマリコは安堵の息を吐く。しかし、ホッとしていられたのは束の間だった。「では本番じゃ」と女神がマリコの腰の横から、身体の下へ手を突っ込んだのである。
「ひあ! そ、それ、くすぐった……」
腰骨の辺りでモゾモゾ動く女神の手にマリコは悲鳴を上げた。じきに動きを止めた手がつつーとゆっくり引き出される。それにつれて身体の前を何かがこすっていく感覚にマリコはまたひいいと声を上げた。
女神の手がマリコの身体の下から抜け出したところで、ぷつりと何かがはずれたような感覚をマリコは感じた。途端にふわりと腰回りが頼りなくなる。
「まさか!?」
マリコが目を向けた先、女神の指先は布の紐を摘んでおり、その紐はマリコのパンツへと繋がっている。女神はマリコの紐パンの紐を探り当てて引き解いたのだった。
「ちょ、何するんですか!」
「何じゃと? こうするのじゃ」
女神は引き出した紐をポイと放り出した。それに引かれてマリコのパンツは後ろ側が半ば捲れ上がる。いわゆる半ケツ状態だった。抗議の声を上げるマリコに、女神はものすごくいい悪戯を思いついたという顔を向ける。
「時におぬし、ハムラビ法典というものを知っておるかの?」
何と半ケツ状態のまま続きます(笑)。
しかし、分かりやす過ぎですかね?
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




