243 八つ当たり 8
片手をベッドに突いたマリコの身体がそれを支えにして音も無くふわりと宙に浮く。ベッドのクッションをほとんど揺らすことのない、身体能力を存分に生かした跳躍だった。うつ伏せに寝転がって適当に相づちを打っている女神の背中を跨ぐように舞い降りてそこにそっと腰を下ろす。
「おおっ!?」
背中の上に座り込まれて女神もさすがに気が付いた。身体ごと振り向こうとしたもののマリコが乗っかっているのでそれは叶わず、首だけを振り向かせる。
「いきなり何をするのじゃ!」
「いきなりじゃありませんー。ちゃんと断ったじゃないですかぁ」
マリコは間延びした返事をしながら目の前の銀髪頭を優しく撫でる。女神の髪はとてもサラサラしていて手触りが良かった。
「断ったじゃと? ええい、子供ではないわ。撫でるのやめい」
女神はマリコの手を払いのけながら自分の記憶を探った。すると確かについさっき、撫でると言うマリコに対してそうかそうかと相づちを打った覚えがある。
(しもうた。本に気を取られ過ぎたわ)
話はちゃんと理解していたにも係わらず、ストーリーを追うのに意識が行っていたために聞き流してしまったのである。いかに女神の能力をもってしてもそれでは何にもならない。
「思い出したみたいですねぇ。では早速ぅ」
「こりゃ、よさんか!」
頭や身長との対比で大きく見えるだけかと思われた女神の猫耳は、実際に間近で見るとミランダのそれと比べてやはり一回り大きかった。マリコはそこに手を伸ばすが、女神は耳を後ろから手で押えてかばった。手の平よりも耳の方が少し大きかったが、それでもそうしてしまうとさすがに触れるところはほとんど無くなってしまう。
「溜まっておることは吐き出してしまえって言ってくださったじゃありませんかぁ。邪魔しないでくださいよぅ」
「それはそういう意味ではないわ……あっ! ち、力がっ!? ああっ!」
マリコが両手を使って女神の手首をそれぞれつかんだ瞬間、女神の手からガクリと力が抜けた。そういうツボを押えられたのである。マリコはサッと手首を返して女神の腕を伸ばさせるとその身体を挟むように着いていた膝を浮かせ、そこへ女神の腕持っていって再び膝を下ろす。瞬きほどの間に女神の腕は気を付けのような姿勢に押さえ込まれた。
「こんなところで無駄にスキルなんぞ発動させおって! こりゃ! 離さにゃっ!?」
マリコが無意識に放った関節技と押え込みに自由を奪われた女神の文句は半ばで途切れた。耳の後ろ側をつうっと撫で上げられたのである。
「ここの毛はミランダさんよりちょっと長いみたいですねぇ。ほうら、ここをコリコリしたら気持ちいいですかぁ」
「うにゃああ!」
蹂躙が始まった。耳の付け根をコリコリされ、耳たぶを撫で回された挙句にハムハムされる。その度に女神はひゃあ! にゃあ! と声を上げさせられるばかりで、魔法を使う間も力をふるう余裕も与えてもらえない。唯一自由に動かせる膝下をパタパタさせるが、もちろんそんなものは何の役にも立たなかった。
「な、中はダメじゃ! 指を入れるな! ひああっ」
「ここの毛が可愛いんじゃないですかぁ。こうしたらどうですかぁ、ほら、ほら」
遂には耳の内側もターゲットにされた。そこに生えているふわふわした毛は耳の能力を補う役割を持っており非常に敏感である。マリコもそれは分かっており、そおっとそおっと愛でる。それでも十分な刺激であり、女神はまたにゃあにゃあ鳴かされた。
やがて猫耳を撫でることに一応満足したマリコは女神の身体の上で向きを変えた。今度は後ろ向きで、次の目標はもちろんしっぽである。なんとかマリコの魔の手から逃れようとクネクネとしっぽを動かす女神だったが、生えている位置が変えられない以上わずかな時間稼ぎにしかならず程なく捕獲された。
女神のしっぽはミランダのものよりほんの少し細く、ほんの少し長かった。毛足については耳と同じようにミランダより長めで、その分余計にふわふわしているように見える。ミランダと違って隙あらば逃げようと動くその白銀のしっぽを、マリコは丁寧に撫で始めた。
艶々した表面を順に撫でつけ、筆のような先端を愛で、先から順番に中の骨の形を確かめるようにひとつずつこりこりと摘んではしごくように撫でる。時折腰が跳ねるもののほとんど声を上げなくなった女神にマリコがふと振り返ると、女神は枕に顔を押し付けるように埋めていた。どうやら声を殺しているらしい。
しっぽの裏側の毛がふやふわしたものになり、根元までもう少しというところまできた時、ふにゃっという声が上がって女神の身体が大きく跳ねた。
「も、もうやめぬか! そこから先はダメじゃ!」
「えー。ここから先が一番気持ちいいんですよねぇ? ちゃんと知ってるんですよぅ」
「誰から教わったのじゃそんなこと! と、とにかくダメじゃ! もう十分撫でたであろう」
それぞれ振り返ったマリコと女神はしばし無言でにらみ合った。やがて、とろんとしたマリコの目がゆっくりと三日月の形になる。女神が目を見開いた。
「いーやーでーすぅ……、ほらあ!」
「や、やめ、うにゃあああああっ!」
わしわしとラストスパートを掛けたマリコの声に女神の悲鳴が重なった。
◇
「ううう……」
呻き声を上げながら女神は身体を起こした。バタバタと暴れたせいで着崩れ、いろんなところが見えてしまっているトーガのような衣装をあちこち引っ張ってなんとか直す。ふと横を見るといつの間にか女神の上から降りたマリコが、横座りのまま両手をついて俯いていた。顔をのぞき込むと満足そうな笑みを浮かべて目を閉じている。
「こ、こやつ……」
ベッドの上で胡坐をかいた女神は部屋の中をぐるりと見渡した。ひとつ頷いて立ち上がると、とりあえず壜やら何やらが載ったトレイをベッドの脇にあるテーブルへと移動させる。それからおもむろにマリコを振り返ると、パチンと指を鳴らした。
ベッドの柱と壁の間に張られた洗濯ロープが揺れ、壁側の端が音も無くはずれてそれ自体が意思を持っているかのようにふよふよと動き始めた。スッとマリコに近付いたそれはマリコの両手の周りをスルスルと回って二重三重の輪を形作っていく。と、突如その輪がキュッと縮まってマリコの手首を一まとめにすると、そのままベッドの柱側へギュンと引いた。
「え!? うわぶ、痛っ」
傾いた身体を支えていた手を引っ張られた形のマリコは、顔からベッドの真ん中にダイブすることになった。柔らかいとはいえ顔と一緒にベッドに胸を打ち付けたマリコは何とか身体を少し引き上げ、肘を突いて胸を浮かせる。その背中にドスンと何かが載せられた。
「ふえ?」
振り仰いだマリコを女神の笑顔が見下ろしていた。
遂に女神様の猫耳としっぽを堪能しました! が……。
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