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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
244/502

241 八つ当たり 6

 何と言えばいいのか唸るマリコを前に女神は特に急かすこともなく、ほぼ無言の酒宴が幕を開けた。とは言え、さすがにマリコもウイスキーのストレートだけを飲み続けるわけにはいかない。酔う酔わない以前にそれでは胃や喉を痛めかねない。


 しかし、ここは女神のホームグラウンドである。供え物をその場で取っているのか仕舞ってあった物を出しているのかはマリコにも分からなかったが、女神はアテになりそうな物をいくつか出してきた。水や氷も魔法があるので要るだけ出せる。一歩も動くことなく飲み食いし放題である。


(……これは確かに引きこもりにはうってつけなのかも知れません)


 女神が引きこもりと決まったわけではないのだが、マリコは頭の隅でそんな少々失礼な事を考え、同時に今はそれが有り難かった。ほれと差し出された干物のような物を黙って受け取る。


 ◇


 半ば残っていた一本目の(ボトル)が空になった頃、ようやくマリコはぽつぽつと話し始めた。バルトに関することは自分の蒔いた種でもあるので後回しにして、まずは自分に起こった異変について、男女を問わず肉体的なところに目が行くあれの話である。


「なんじゃ。おぬし、そんなことで悩んでおったのか」


「そんなことって……」


「まあ待て。別におぬしを馬鹿にしておるわけではない」


 やや赤味が差した顔でむうと口を尖らせるマリコを、女神はまあまあと押し留めた。


「覚えておるか? 前に話もしたし同意書にもあったじゃろうが。肉体(ハード)記憶(データ)の話が」


肉体(ハード)記憶(データ)……」


 それは女神の間(ここ)に初めて来た時の話であり、その時読んだ使用許諾同意書のことである。今のマリコの肉体(ハード)はゲームの「マリコ」を基にしたものであり、記憶(データ)の方は肉体(ハード)をうまく扱うための人格としてプレイヤーであった「彼」のものを基にしたというものであった。


「もう少し考えれば分かるじゃろうが、記憶(データ)とは人格を形成するための情報であり、人格とは肉体(ハード)を動かすプログラムじゃ。パソコンで言うならアプリケーション、良く言ってOS(オーエス)というところかの。それは分かるじゃろう?」


「ええと、一応」


 こういう言い回しをする辺りはさすがコンピュータゲーム出身の女神である。マリコは酔いの回り始めた頭でそんなことを思いながらもそう答えた。


「それでじゃな。上で走っておるプログラムが何であろうと肉体(ハード)の機能や性能自体は変わらんじゃろう? もちろん、おぬしの身体は機械ではないから成長したり衰えたりという変化はあるがの」


 理屈としてはマリコにも分かる話である。マリコが頷くのを待って女神は続ける。


「その上でじゃ。肉体(ハード)の方にはプログラムを走らせるためのシステムが備わっておる。先のパソコンの例えで言えば機体(ハード)にはOS(オーエス)を動かすためのBIOS(バイオス)が積んであるということじゃな。これは機体(ハード)のスペックに合わせてあるものじゃからOS(オーエス)側から好き勝手にいじることはできん」


 そこまで一気に喋った女神は酒杯(カップ)を口に持っていこうとして、それが空なのに気付くとマリコの方に突き出した。マリコは黙ってそれに氷とウイスキーを入れてやる。


「おぬしの身体で言うとじゃな、おぬしの記憶(データ)がどうであれ、肉体(ハード)の状態はプログラムが走るのに影響するということじゃ。おぬしの性別は何で、今いくつじゃ?」


「う、お、女で……十九歳、ですか」


「そうじゃ。モデルに従ってそう構成したからの。実際には稼動を始めて二十日ほどかの。……ふむ、産まれたての方が面白かったかもしれんの」


「やめてくださいよ!」


 笑顔で恐ろしい事を口にする女神にマリコは反射的に言い返した。今でさえ唸っているのに新生児などとんでもない話である。碌に動けず、毎日お乳を飲まされたりおしめを替えられたりしたら精神がもたないだろう。


「まあ冗談はともかくじゃな、おぬしが頭でどう思っていようと身体の影響は受けるということじゃ。自分が二十歳(はたち)くらいだった頃に何をどう感じておったか、思い出してみるがよい」


「うぐ」


 下半身でモノを考える生き物に戻ったのだと言わんばかりの女神の物言いにマリコは呻いた。しかし、そう言われれば納得できるところは確かにあるのだ。対象が女性だけでなくなっていることを除けば、これは若かった頃の感覚に良く似ていた。対象の変化が今の肉体(ハード)の性別のせいなのであればもうほぼ完全一致である。


「わしから見れば今のおぬしは、四十数年分の知識だけはある耳年増の小娘というところかの」


 本人にはそんなつもりはないのかもしれないが、女神がさらに追い討ちを掛けてくる。


「耳年増って!」


「じゃがその身体で経験はないであろうが」


「けっ、けいっ!?」


 女神の明け透けな言い様にマリコは引きつった。酒のせいで赤くなりかかっていた顔にさらに血が上ってくるのが自分でも分かる。


(何でそんなことくらいで赤くなるんですか!?)


 顔に手を当てながら女神に目を向けると、女神は肩を震わせていた。揺れて中身がこぼれそうになった酒杯を急いで口に運んでいる。何か悔しくなったマリコはなんとか次の疑問を絞り出した。


「でっ、でも、何で今さら! 始めはこんなことなかったじゃないですか!」


「くっくっ……、いや済まなかったの。ゴホン」


 女神は笑いを飲み込むと表情を改めた。


「それについてはわしもずっと見ていたわけではないからの。今は細かいことは分からぬ。じゃが大体の予測は立つのじゃ。始めはそうではなかったと言うたの? それはこの二十日足らずの間の途中で変わったということかの」


「ええ」


「ならおぬしが変わったのは初めてここへ来てからじゃろう。違うかの」


 そう言われて首をひねったマリコの頭に先日カミルが言ったセリフが甦った。


――あのデカいオオカミが出た日からだと俺は思ってるんだけど、あれから二人ともなんていうか、雰囲気が変わった


 ボスオオカミと戦った後、ここへ来たのだ。自分でははっきり分からないもののカミルの目にはあの日からマリコが変わったように見えていたらしい。そういう方面のことはカミルは割りと鋭いようにマリコには思える。


「多分そうだと思います」


「ふむ。なら当たりじゃろう。あの日、おぬしはマリコとして生きると決めたのじゃろう? ならそれまでは何を思うておった?」


「それは……」


 考えるまでもなく覚えていた。この地に降り立ってからあの日までは自分の身体の正体が分からなかった。だから借り物らしき「マリコ」の身体を傷付けたくなかったのだ。しかしあの日、その自分に課した制限を破ってアリアたちを助けに向かい、結果として女神の間に至ることになった。


「分かったようじゃな。そこから後はそう、慣れじゃな。心に決めたことに身体が追いついてきたんじゃろう」


「じゃあ、バルトさんが気になるのは……」


「ん? バルト?」


「いえ、こちらの事です」


 あの日、自分が血塗れであるくせにマリコに大丈夫かと言ったバルト。その前からいろいろあったものの、転機となった日にも特に記憶に残る出来事のあったバルト。ならそのバルトのことがマリコにとって不思議と気になるのは……。


「――刷り込み!?」

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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