239 八つ当たり 4
四頭目を仕留められたということで、夕方にはまだ少し早い時間だが帰ろうかということになった。特に何事も無く里を囲む壁の門を抜けて、賑やかに話しながら歩く三人に続いてマリコも宿屋へと向かう。
「何かあったんでしょうか」
宿屋の門が見える辺りまで戻ったところで、里のあちこちから宿の方に向かう人の姿が目に入ってマリコは声を上げた。夕食の時間帯にはまだ早い。緊急事態かとも思ったが、皆の表情が明るいのでそういうことでもなさそうである。
「あの様子だと探検者の誰かが帰ってきたんじゃないかな」
「探検者!?」
シーナの言葉にマリコは改めて前を見た。見回りに出ていた探検者が戻ってくると情報や土産話、あるいは土産そのものを求めて里の者が集まってくる。マリコがここに来てからもそれ自体は何度かあったのだが、これまではいつもマリコは宿の中にいた。こうして外から様子を見るのは初めてだったのである。
(皆さん、こんな風に集まってきてたんですね)
「今日戻る予定だったのは……」
「アドレーらであろう。どうやら無事らしいな」
あごに指を当てながら言いかけたマリーンのセリフを引き取ってミランダが言う。宿に向かう皆の雰囲気から、大怪我をしたり悪い報せを持ち帰ったのではなさそうだと判断したのだろう。その言い方には誇らしさと喜びの成分が含まれているようにマリコには聞こえた。
「バルトさんたちも明日には戻る予定なんでしょう?」
「え!?」
なんとなく微笑ましくミランダを見ていたマリコは、くるりと振り返ったマリーンにいきなりそう言われて驚いた。
「元気に戻って来られるといいですねえ」
「い、いや、何を言って……」
「誤魔化さなくてもいいんですよ」
マリコを見るマリーンの目つきが、分かってますからと言いたげな生暖かいものになる。
「いえ私は何も……」
「証の間」
「うっ」
「結構噂になってますよ」
「噂!?」
マリーンが言う証の間とはタリアの執務室の奥にある探検者の証が並んでいる部屋のことだが、ここで言っているのは部屋そのもののことではなく、そこにマリコが足繁く通っていることである。マリコは顔を上げて残る二人を見た。
シーナはマリーンと同じく興味深そうにによによした笑みを浮かべている。ミランダは一度目をそらした後、耳の後ろをガシガシと掻いてから改めてマリコに申し訳なさそうな顔を向けた。
「今日は何回向かわれたかと聞かれたことはある。無粋な真似は止せとは言っておいたのだが」
「あああああ」
マリコは頭を抱えた。まさかそんなに知られているとは思っていなかったのである。
「同じようなことをする者は時々いる故な。タリア様やサニア殿が黙っていても隠しておけるものではないと思うぞ」
ミランダの追い討ちにマリコは唸った。
◇
「ふううぅ」
マリコは息を吐いて大きく伸びをすると手拭いを頭に載せる。ふと隣に目をやるとミランダも同じように腕を伸ばしていた。シーナとマリーンは向かい側で二人並んで話をしている。マリコたち四人は今、湯船に浸かっていた。
あの後四人が宿に入ると話していた通りアドレーの組が戻ってきていた。ちょうどサニアへの報告やらが終わったところだったらしく、アドレーとミランダが早速腕相撲勝負に突入しかけたのだが「狩ってきたものを出して先にお風呂へいってらっしゃい!」とサニアに追い出されたのである。
前回と同じく中庭で待機していた肉屋のブレア――マリーンの父でもある――を始めとする解体組に野豚を任せ、付いてきたアドレーたちと並んで風呂場の暖簾をくぐった。勝負は上がってからということにそこで決まった。
(いつの間に私はおかしくなったんでしょうか)
脚を伸ばして半ばお湯に浮かぶような姿勢を取りながら、マリコは手拭いを自分の顔に被せて視界を遮っておいて考える。狩りの最後、ミランダの絶対領域に見入った辺りからおかしいような気はしていたのだった。
ミランダだけではない。シーナやマリーンも含めた三人の胸や腰や脚に、言ってしまえばその身体に妙に意識を引かれるのである。
シーナとマリーンの背丈はどちらもミランダとほぼ同じでマリコよりはやや低い。シーナはミランダよりやや骨太で、逆にマリーンはやや華奢だった。胸は二人ともミランダ以上マリコ未満である。
これまでなら裸の彼女たちが視野に入っても「ああ、そういう感じなんだね」と流していられた。マリコの記憶にある元の年齢だと、枯れてしまうところまではまだ行っていないものの、いちいち目を血走らせるようなことにはならなかったはずなのである。だからこそこうして一緒に女湯に入っていても平気だった。
しかし、今は。
女か男かに関係なく、そういう部分に興味を持っているのが自分で分かるのである。それはどこか懐かしい感覚でさえあった。
(今、絶対エロい目付きになってます)
見られている方はまず間違いなくそれに気付くだろうというのは自分の経験から分かる。だからこそ手拭いで目隠しをしているのである。
不意にお湯が大きく揺れた。隣にいたミランダが身動きしたのだ。手拭いが湯船に浸かりそうになって、マリコはあわててそれをつかみ取った。その瞬間、ミランダがザバリと音を立てて勢い良く立ち上がる。男女を隔てる壁越しに聞こえたアドレーの声に、ミランダが何かを言い返している。
その声はマリコの耳にも届いていたが、意味を理解することができなかった。何故なら、マリコの意識のほとんどは、視界の大部分を占めるミランダの腰――幸か不幸か横向きだった――に奪われていたから。
自分に何が起こってそうなっているのか、マリコには分からなかった。
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