233 神々の研究 7
2017/03/17 前話(232話)に説明不足に感じた部分を少々追記しております。お話自体は変わっていませんが気になる方は「前の話」をご覧ください。
「近いうちに修復を必要とする方々がナザールの里へやって来られるようになるかと思いますが、その折にはよろしくお願い致します」
最後にそう言ってエイブラムは執務室を出て行った。マリコの能力が事実であると確認した彼が早々にそれを中央へ報告したということは、タリアに聞いてマリコも知っている。ナザールの里にも修復の使い手がいるとなれば当然こちらを目指す者も出るだろう。特に中央四国より東側に住んでいる者ならなおさらである。
その後、当初の予定通りマリコはタリアを手伝った。案の定神格研究会関係の書類が小山を作っており、そのせいではみ出し気味な帳簿の書き込みやら検算やらを片付けていく。
「ああ、そうだ。忘れるとこだったよ」
少し経った頃、タリアはそう言うとそのまま立ち上がって隣の机で数字とにらみ合うマリコの横に立った。何でしょうと顔を上げたマリコの前に、ふくらんだ皮袋を一つ取り出して置く。ジャリッという音がしたところを見ると中身はお金のようである。
「これは?」
「あんたの取り分さね。こないだのオオカミのね。全部で百十Gあるはずだから確かめておくれ」
「ひゃくじゅう!?」
マリコは思わず声を上げてタリアを見返した後、目の前に置かれた皮袋に目を向けた。今朝届いたというそれは、ボスオオカミ一頭分丸ごとに付いた値段らしい。大きいとは言ってもオオカミである。そんな値が付くとはマリコも思っていなかった。宿で買い取られる灰色オオカミは一頭で一Gいくかどうかだったはずで、その大部分は毛皮の値段である。
「まあ、多分初めて出たもんだしねえ……、ああやっぱり」
何かの手紙か書類を取り出して見たタリアが納得したように頷いた。
「何がやっぱりなんですか」
「ああ、競りに掛けられたらしいんだがね、落札したのは神格研究会なんだよ。もう一頭も一緒にね」
もう一頭とは里に入られる前にバルトたちが仕留めたボスオオカミのことである。自分の席に戻ったタリアが言うには「新種」の動物などは大抵、研究目的で神格研究会が買い上げるのだそうだ。
「本当にいろんなことをやってるんですねえ。……っと、百十枚ありました」
「はいよ」
感心しながらも金貨の枚数を数えていたマリコは、確かめたことをタリアに告げた後、それを袋に戻そうとしたところでふと手を止めた。金貨の山から十枚を数えて脇にどけると残りは皮袋に入れてそれごとアイテムボックスへと仕舞う。それから立ち上がって残した十枚を握るとタリアの前に立ってそれを差し出した。
「ちょうどいい機会ですから支度金をお返ししておきます。ありがとうございました」
「急がなくっていいっていうのに、律儀な娘だねえ。ま、無理してるわけじゃないのは分かってるからね」
タリアは片方の眉をちょっと上げた後、ニッと笑ってそれを受け取った。今マリコの懐には一昨日の修復の謝礼と合わせてまだ百二十Gあまりが残っている。初の給料を手にする前にその一年分ほどを手にしたのだ。実際全く無理などしていない。
「そういえば……」
「何だい?」
タリアの前に立ったまま、修復のことを考えたことで思い出した疑問をマリコはふと口に出した。
「どうしてエイブラムさんは魔法、特に回復系の魔法のことを神々にもらったって言い切るんでしょう?」
「妙なところを気にするもんだねえ」
「すみません」
マリコ自身について言えば、創造神であるハーウェイを知っているので魔法に限らず全ては神がくれたものだと言って構わないだろうと思っている。しかし、この世界の七柱の神々による創世神話だと、大元を作ったのは神々でもそこから先は必ずしも神が与えたということにならないような気がするのである。
「さっきあんたがエイブラムと話してたことを思い出してごらん。例えば治癒のことを。治癒を使えるようになるには治癒を受けないといけない。そうだろ?」
「はい」
「その話、遡っていくとおかしなことにならないかい?」
「遡って……あ」
タリアが出してくれたヒントでマリコも気が付いた。マリコのような例外を除けば、今いる治癒の使い手には必ずその人に治癒を掛けた人がいることになる。それを過去へと遡っていくといずれ最初の治癒の使い手に辿り着くだろう。しかし、それはおかしいのである。その最初の使い手はどうやって治癒を取得したのか。彼あるいは彼女に治癒を掛けられる人はまだいないのである。
「分かったみたいだね。人が治癒を手にするには人ではない誰かが要るってことになるのさね。それじゃ、人ではない誰かというのは?」
「神様、ですか」
「そういうこったね。魔法によっては一個人が編み出したっていうのもあるにはある。でも治癒なんかの回復系魔法にはそれがないのさね。そして……」
「そして?」
「危ない時に神々のどなたかが現れて回復系魔法を掛けてくれたっていう話は結構あって神話として伝わってるんだよ。もちろん他の条件もあるだろうから、救われた者が必ずその魔法を使えるようになるとは限らないんだがね」
「神話として伝わってる……」
マリコの脳裏にスタンプを押す猫耳女神の姿が浮かぶ。認められた神話は基本的に事実なのだ。元の世界のように神の存在が未確認であるのなら、神話などただの作り話だと一蹴されるかもしれない。しかし、この世界では誰もそれを嘘だとは言わない。なぜなら神は実在しているから。
「だから神々にもらったって言い切れるってことですか」
「そういうこったね」
(いるってはっきり分かってるから信用度が違うんですね)
そう頭では思いつつ、寝転がる猫耳女神の姿を思い出して信用度ねえ、とも思うマリコだった。
◇
「マリコさん、お疲れ様……。あ、ちょうどよかった」
昼少し前、マリコが厨房に戻るとサニアが迎えてくれた。ただし、何となく不安な追加付きである。外にでも出ているのかミランダの姿は見えない。
「申し訳ないんだけど、散歩がてら放牧場の小屋まで行ってきてくれないかしら」
そう言ってサニアが指す先には見覚えのある手籠があった。アリアがお使いに行く時に使っているのと同じ物である。いつもそれを持って放牧場にお昼を届けていたのだ。そんなお使いならマリコには何でもない。むしろ座りっぱなしだったので本当に散歩がてらなのがありがたいくらいである。それでも本来の使用者たるアリアのことは気になった。
「アリアさんはどうかしたんですか?」
「アリアはいつも通りもう行ってるわ。私が中身を入れ間違えちゃったのよ。このままだとカミルたち、おかず抜きになっちゃうの」
「ああ、そういうことですか。でもこっちは?」
「お昼前に食べに来た人が結構いたから多分なんとかなるわ」
拡張営業中の食堂は普段とはピークが異なる。むしろピークを分散させるために拡張をしているのだからこんなことにもなるのである。
「それならいってきます」
一応手籠の中身を確認し、それをアイテムボックスに仕舞ってマリコは宿屋を出た。
お使いマリコさん。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




