231 神々の研究 5
2017/03/16 サブタイトルを変更しました。内容は変わっておりません。
翌日、他の荷物と一緒にウイスキーも届いたので、荷解きを手伝ったマリコはその場で壜を二本買い込んだ。一口にウイスキーと言っても実際には原料やら寝かせた年数やらで風味も値段もいろいろである。ナザールの宿が常備しているのはさほど高級品というわけではなく一本で大銀貨二枚、二十Sほどだった。マリコの感覚だと二千円くらいである。
「二本も買うの? マリコさんのことだから心配はしてないけどほどほどにね」
「ええと」
料理の途中で冷却材を投入したり食堂を閉めた後にも飲んでいるので、壜を買うということは傍目にはマリコの部屋飲み用ということになってしまう。女神様に差し入れるんですと言うわけにもいかずマリコが口ごもっていると、サニアはさして気にした様子もなく「この調子だと樽で買うようにした方がいいかしらね」などと言っている。
(あんまり呑み助だと思われるのも心外ですね)
実際十分呑み助に入る部類のマリコがそんなことを考えながら手に入れたウイスキーを仕舞い込んでいると横合いから声を掛けられた。振り返るとエイブラムが立っている。マリコたちと同様に荷物や手紙の受け渡しに来たらしい。
「マリコ様、本日どこかで少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
意外に早く来た、とマリコは思った。エイブラムがこう言うからには先日言っていた話を聞きたいという件だろう。マリコがお伺いを立てるようにサニアに顔を向けるとサニアは頷いた。
「いいわよ、今からでも。仕込みの方は何とかなりそうだから、厨房には昼前に戻ってくれれば大丈夫よ。場所は女将の部屋なんでしょ?」
最後の一言はエイブラムに向けられたものである。エイブラムがそうですと答えるとサニアはマリコに視線を戻した。
「ならついでに女将の様子も見てきてくれるかしら。予定外の仕事が増えたってボヤいてたから時間に余裕があるようなら手伝ってもらえると助かるわ」
「分かりました」
予定外の仕事というのはもちろん神格研究会絡みのことであろう。エイブラムが無言のまま軽く頭を下げる。そちらに向かって首を振ってから、サニアは「それに」と目を細める。
「奥も見て来られるわね」
「ぐ」
奥とは執務室の奥、探検者の証が並んでいる部屋――通称証の間――のことである。タリアに頼まれたこともあって、元々マリコは日に一度はここを訪れていた。証の確認とそれに使われている魔晶の魔力チェックのためである。
それが一昨日から明らかに訪れる頻度が上がっていた。執務室を通り抜ける度にタリアに生暖かい視線を向けられるが、他に確認や連絡の手段がない以上気になるものは気になるのである。
マリコとしては義姉一家を思い出させるカリーネたちや自分を師と仰いでくれるアドレーたちも十分に心配なのである。しかし、じゃあバルトの事は心配していないのかと問われると返事に困るので嘘を吐かずに済ませようとすると黙るしかないのだった。
「そ、それではとにかくいってきますので」
「ではマリコ様をお借りいたします」
「はい、いってらっしゃい」
サニアに見送られて二人は執務室へと向かった。
◇
「ご存知だったんですね」
「はい、治癒の使い手はそれなりに数がいますから。これまでの聞き取り調査の結果からまず間違いないだろうと言われています」
応接セットに着いてお茶などを並べ、少し話したところで治癒の取得条件については神格研究会もほぼ正確に把握していることが分かった。
・治癒を五回以上受ける
・ポーションを一回以上使う
・瀕死の重傷を負う
これがその条件である。ゲームで「死に戻り」だったところが以前マリコが推測した通り「瀕死の重傷」に変わっているようだった。ゲームの「マリコ」が治癒を使えるようになったのはもう数年前のことである。さすがに必要回数などの個々の数値は覚えていなかったので、その意味では研究会の方がより正確であるとも言える。
この条件を満たした上で、本人の意思とスキルポイントがあれば本当に治癒が使えるようになるのである。この部分については研究会でも正確なところは把握できず、若い者の方が取得する率が高いようだということになっていた。意思の話は置くとして、若い方がスキルポイントに余裕がある、または貯まり易いということだろう。
「でもこの条件だとすると治癒の使い手をいくらでも増やすというわけには……」
「その通りです」
問題は「瀕死の重傷」である。先日マリコは足を骨折したミカエラを治した。しかし、ミカエラは未だに治癒は使えないのである。スキルポイントが足りない可能性も無くはないが、おそらくはあのレベルの骨折では瀕死の重傷ということにはならないのだろう。
昨夜マリコが考えていた問題はこれである。もし自分の意思で治癒を使えるようになりたいと思った場合、骨折以上の重傷をわざと負う必要があるのだ。これを自分の手で行うのは難しいので基本的には誰かに頼むことになる。だが、それを引き受けたがる者がどれだけいるだろうか。
瀕死の重傷などそうそう狙ってできるものではないのだ。うっかりすると相手を殺してしまう危険性があり、仮にうまくいったとしてもそれで必ず治癒を取得できるとは限らない。安易にやるにはリスクが高すぎるのである。
ゲームの場合、瀕死と呼ばれるのはHPが十五パーセント以下になった時だった。それを下回ると残量を示すHPバーの表示が赤色になるのだ。現実でもせめてそれが見えていればと思うマリコだったが、そうなったらそうなったで問題は残るということに気が付いた。
そこまでHPを減らすように調節しようとすればどういうことになるか。ある程度までHPを大きく削った後、相手が瀕死になるまで細かく何度も斬りつけるなり殴るなりを繰り返すことになるのだ。やる方もやられる方もたまったものではないだろう。
「ですから、神格研究会の間でもそれは、不可能ではないだろうが実際的ではない、ということになっております」
考え込むマリコにエイブラムはそう告げると一度お茶をすすった。一息吐いて改めてマリコの顔を見る。
「ですから神格研究会が、いや私が今取り組んでいるのはそこから先、状態回復や病気治癒、修復などはどのようにして使えるようになるのかということなのです。マリコ様にはその辺りのことをお伺いしたいのです」
そう言ってエイブラムはずいと身を乗り出してくる。彼の白髪混じりの茶色の髪と赤茶色の瞳はブランディーヌとは全く違うものだったが、その目の色だけは同じだった。
さすが上司?
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