230 神々の研究 4
2017/03/16 サブタイトルを変更しました。内容は変わっておりません。
「今度来る時には酒が欲しいかの」
話を終え、今日は掃除や洗濯の必要もなさそうだということでマリコが帰ろうとした時、女神がそんなことを言い出した。
「お酒、ですか」
「そうじゃ。できれば蒸留酒の方がよいの」
「なんだってまたそんなものが欲しいんですか」
そう聞き返しながらもマリコは考えた。今夜は片付いているものの、これまで女神が食べ散らかしていた物は一体どこから出てきたのか。前に本人が「供えられる物も多い」と言っていたので基本的には供え物をそのままもらっているのだろう。それなら酒の供え物というのも普通にあるのではないかと思ったマリコはそれも女神に聞いてみた。
「供え物の酒はもらってしまうと時々困ったことになるのじゃ」
返ってきた答えがこれである。女神の話によるとやはり食べ物は供えられた物を食べているのだそうだ。一般家庭から宿のようなところに神格研究会といろいろな場所で様々な物が供えられる。そこから欲しい物を取っても一度に取るのは一人分で、全部取ってしまうわけではないので大した事にはならない。むしろ、神々に食べてもらえたと喜ばれるのだそうだ。ただし、酒の場合だと少々事情が変わってくる。
「ジョッキに注いで供えられておるビールはまだいいのじゃ。じゃが、樽で供えられておるのをもらってしまうとの……」
「あー」
マリコにも段々と事情が分かってきた。といってもマリコの知識にあるのは仏壇のお供えのことである。宗派によって細かい意味づけはそれぞれだが、仏壇のお供えは基本的に「おかげでこんな物が手に入りました」と報告とお礼を兼ねて供えるものである。そのため、特に食べ物の場合は早々に下げて自分たちで食べるのが本当で、食べられなくなるまで供えっぱなしにするのは間違いである。
そういう意味では供え物とは後で自分たちで飲み食いするのを前提に供えられているとも言える。分けられる形の物から女神が一人分取っても少し減るだけなのでそれで揉めることにはあまりならないが、ビール樽のような分けられない物の場合、丸ごと持っていかれたらどうなるか。壜で供えられているウイスキーなども同じだろう。
例外が神格研究会の供え物で、これは全部もらってしまっても困らないどころか「神々が喜んでおられる」という反応になるらしい。ただし、神格研究会は酒を供えないのだそうだ。その理由は女神も知っているようだがマリコが聞くと「自分で聞いてみればよい」と笑うだけで教えてくれなかった。
「で、じゃ。蒸留酒をわざわざカップに入れて供える者は少なくての」
「それで蒸留酒が欲しい、ですか。ご自分で買いに行ったりはしないんですか?」
「おぬし、この姿で酒を買いに来られたらどう思うかの」
「ええと」
マリコは女神がウイスキーを買いに行く様子を想像した。見た目の年齢的には子供のお使いのように見えなくもない。だが、今の姿だと風と月の女神だということが丸分かりなのだ。酒をくれと言ってやってくる少女女神様。驚かれる以前にいろいろと台無しである。それなりの姿に着替えるなり変身するなりすればいいような気もするが、何故か力を使いたがらない今の様子から考えればわざわざそんなことをしそうには思えなかった。
「何やら無礼なことを考えておるようじゃが、大体分かったじゃろう?」
「まあ、何となくは。でもお酒なんかそこまでして飲まなくても……」
「毎日のように飲んでおるくせにどの口が言うか。ならおぬしも禁酒してみるか? いっそ酒を受け付けぬ身体にしてやってもよいぞ。どうじゃ」
「いやいやいやいや。ただの冗談です。下戸とか勘弁してください」
数少ない楽しみを取られては敵わない。マリコは何か蒸留酒を仕入れてくることを約束した。
「宿に在庫があれば明日にでも持ってきますけど、無かったからって下戸はイヤですよ?」
「そこまで無理は言わぬわ。安心せい」
大したものではないが、新たな試練を課せられたマリコはようやく部屋に戻った。ベッドに潜り込みながら、いずれエイブラムに聞かれた時にどう話すかを考える。
(問題はスキルポイントだけじゃないんですよね……)
◇
「マリコ殿は昨夜、どこかへ出掛けられたか?」
「へ?」
翌朝、例によってミランダに起こされたマリコは起き抜けにこう聞かれた。
「いや、昨夜分かれてからふと思い出したことがあってな。忘れないうちに言っておこうとここを訪ねたのだが居られなかった故」
「あー、お手洗いには行きましたから……。それで話というのは何でしょう?」
他にもっともらしい理由の付けようがない。マリコは早々に本題に入ることで誤魔化した。
「うん、肉の在庫を確認しておいて頂きたいのだ」
「肉?」
「ああ、肉だ。それ如何によっては次の狩りに出掛けねばならん」
「狩り? ああ、野豚ですか」
「その通り。前に行ってからもうじき半月だからな。大漁だったとは言え、売りに回した分もあったはずだし、狩ったからとてすぐには食べられない。残りが無くなる前に準備が要るであろう?」
肉は数日寝かせてからの方がおいしい、というのはこちらでも知られていることだった。そういう意味では確かに、無くなったから狩りに行こうでは間に合わないのである。
「分かりました。後で見ておきます」
「よろしくお願い致す。次はいつもの真っ赤っかではなくこれで出掛けられる故な。楽しみだ」
そう言ってミランダはその場でくるりと回ってみせた。その身にまとっているのは先日マリコが渡したミニバージョンメイド服である。遠心力で裾先が持ち上がってかなり際どいところまで披露される絶対領域がまぶしい。
「それで行くんですか」
「折角マリコ殿に頂いたのだ。当然であろう」
物理的防御力については革鎧より優れているとは言え、見えるか見えないかという意味での防御力には若干の不安があるなとマリコは思った。
朝練でひと汗かいた――半月程の間にミランダの腕はマリコが実感できる程上がっている――後、二人は食堂へ向かった。マリコは早速、野豚肉とウイスキーの在庫をサニアに確認する。マリコも料理はかなりやっているものの、マリコだけが肉を使うわけではないので、全体的な管理についてはサニアの方が詳しいのである。
「今のペースだと野豚はあと一週間ちょっとっていうところかしら。結構あったはずなんだけど、ほら。串焼きを出すようになってから毎日使うようになってるからね」
それまでなら野豚肉をほとんど使わない日もあったらしいのだが、串焼きが定番になってしまったので消費ペースが上がったらしい。
「ウイスキーの方は切れそうだから注文を出してるわ。明日くらいには届くんじゃないかしら。こっちもどうしてかこの頃よく出るのよねえ」
サニアはそう言って意味有り気にマリコを見た。マリコが好んで飲んでいたから、という理由でウイスキーの売り上げも上がっていたのだが、さすがにそこまではマリコにも分からない。サニアの視線に、ん? と首を傾げた。
「ではマリコ殿、もう二、三日。麦の仕舞いが終わったら狩りだな」
「そうですね」
女神へのお土産は明日以降ということになったが、下戸にはされずに済みそうである。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




