229 神々の研究 3
2017/03/16 サブタイトルを変更しました。内容は変わっておりません。
夜、仕事が引けて自分の部屋に戻ったマリコは、チョーカーに手を触れるとメニューを開いた。昨夜は結局行けなかった女神の部屋へと向かうためである。
「でもその前に、っと」
マリコがタブを操作してスキルの画面を呼び出すとゲームの時と同じような取得しているスキルの一覧が表示される。その内のいくつかはグレー表示になっており、それらは「戦車操縦」などの今のところこの世界に存在しないスキルである。
そうなっていること自体は以前読んだ使用許諾同意書にも書いてあった。しかし、個々のスキルの取得方法や条件がゲームと比べてどう変わったか、といった細かいところまでは書かれていなかったので、マリコはそこを確認しておきたかったのである。
「……やっぱりそこまでは載っていませんね」
いくつかの項目を確かめて回った後、マリコはつぶやいた。元々その辺の情報は公式ホームページや攻略サイトで仕入れるものだったのだが、どうやら変わっていないらしい。とは言え今となっては攻略サイトなどあるはずもない。これもどうなっているのか女神に聞いておくべきかとマリコは思った。
「とりあえず行きますか」
スキルの画面を閉じたマリコは「その他」のページを開くと「風と月の女神の部屋へ行く」というボタンを押した。マリコの姿がスッと音も無く部屋から掻き消える。その直後、コンコンと扉をノックする音が響いた。
「マリコ殿? ……はて、気配があるような気がしていたのだが違ったか。仕方ない、明日にするとしようか」
二、三回ノックした後、ミランダは自室へと戻って行った。
◇
女神の部屋に姿を現したマリコがベッドの方に目を向けると、案の定女神はそこにいた。またしても何か読んでいるらしく肘を突いたうつ伏せで、銀色の毛に覆われた長いしっぽだけが緩いカーブを描いて立ち上がり、ゆらゆらと揺れている。そのうちあれも撫でてみたいものだと思いながら、マリコは声を掛けた。
「こんばんは、女神様」
「お、今日は来たか。ご苦労ご苦労」
女神はマリコを認めると大きめの耳を一度プルッと震わせてベッドの上で起き上がる。マリコが近付いていくと、さらにベッドの上で立ち上がって腰の左右に手を当てた。ミランダより小柄な女神もこれならさすがに視線がマリコより高くなる。
「どうじゃ、綺麗なもんじゃろうが」
マリコを見下ろすその顔に不敵な笑みを浮かべてふんぞりかえり、右手を振って部屋の中を示した。それにつられるようにマリコが視線を巡らせると、確かにゴミは落ちていない。何も掛かってない物干しロープが部屋を横切っているだけである。
「おお、頑張りましたね。さすがです」
マリコが拍手すると、右手を腰に戻した女神はもっと褒めよとばかりにさらに反り返って薄い胸を張る。内心、褒めて伸ばすのが正解のようだと思いながら、マリコはさらに手を叩いた。
「そういうことじゃからの、今日はおぬしの手は要らぬぞ」
「そのようですね。この調子でいきましょう」
「無論じゃ」
やがて満足したらしい女神は仁王立ちをやめてベッドの端に腰掛けた。自分の隣をポンポン叩いてここに座れと勧めてくる。特に遠慮することもなく、マリコはそこへ腰を下ろした。
「それでおぬし、何が聞きたいのじゃ」
「どうして分かったんですか!?」
何も言わないうちから言い当てられて、マリコは思わず問い返した。
「そんなものはわしでなくとも顔を見れば分かるわ!」
半ば呆れ気味に言われたマリコは自分の顔に手を当ててみるが、さすがにそれで何か分かるというものでもなかった。顔に出るとは前から言われていることではあるがそんなに分かりやすいだろうかと思ったものの、今考えてもどうにもならない。まずは一つ目の話を女神に聞かせた。
「ふむ、おぬしが主人公の本とな?」
「ええ。この先、もしそんなのが来たら教えて欲しいんです」
もちろん発刊を阻止するためだが、さすがにそんなことは言えない。目を瞬かせた女神はそんなマリコを見ながら少し黙って何事か考えた後、笑みを浮かべて頷いた。
「良かろう、もし送られてきたらおぬしにも見せてやろう」
「ありがとうございます。それで次にスキルなんかのことなんですが……」
例のゲームとこの世界のスキル取得条件の差に関する話である。マリコは治癒についての自分の推測なども含めて女神に説明していった。
「ふむ、治癒に関してはおぬしの推測は概ね正しい。ついでに教えておくなら、他のスキルについてもおぬしの言う『死に戻り』のような現実でクリアするのは不可能という条件は可能なものになっておる」
女神はそこで一度言葉を止めると一度マリコの顔を見て「じゃがの」と続けた。
「スキルを取得する条件。それを知って、おぬしはどうするつもりなのじゃ?」
「それはもちろん……」
皆に教えたいと思う、と答えようとしたマリコはそこでふと言葉に詰まって顔を俯かせた。それだけでは足りないのだ。ゲームでのことになるが、スキルの取得条件を満たすだけでスキルを取得できるわけではない、ということに気が付いた、いや、そのことを思い出したのである。
ゲームにおいて何かのスキルを取得する場合、そのための条件を満たすことで取得が可能になる。例外もあるが、この段階ではまだスキルを取得してはいないのだ。条件を満たした状態で規定のスキルポイントを使うことにより、本当にスキルを取得するのである。これはスキルレベルを上げる時も同じで、レベル上昇のための条件を満たした上でスキルポイントを使わなければならない。
このスキルを取るか取らないか、上げるか上げないかという選択は基本的に本人の意思次第、つまり任意である。そうでないと条件を満たした瞬間に勝手にスキルポイントが使われてスキルを取ってしまうことになる。それでは本当に取りたいスキルにポイントを割り振れない、ということになりかねない。ゲームとしてそれでは困るのだ。
しかし、現実ではどうか。マリコのようにメニューを開いて己の状態を確認できるのでなければ、任意のスキルを取得することなどできないのではないか。そしてマリコが知る限り、スキルレベルだのスキルポイントだのという言葉や概念は聞いた事が無かった。
「その顔じゃとどうやら分かったようじゃの」
黙り込んだマリコに向かって女神は言う。マリコは顔を上げて女神を見返した。
「じゃあ、どうやったらスキルを取れるんですか。この世界にスキルポイントは無いっていうことなんですか!?」
「無い訳ではない。おぬしのメニューにはちゃんと表示されておるじゃろう? じゃがおぬしのように自分でそれを数値として確認したり自由に使ったりできる者なぞ、普通はおらん。普通は能力値と同じで何となく感じ取れるような気がする、というレベルに過ぎん。そういう意味ではおぬしの方こそが普通ではないのじゃ」
女神はそこまで言うところりと仰向けに倒れた。頭の下で手を組んでベッドの端から出た膝下をぶらぶらさせる。ささやかな胸はマリコのように横に流れることもない。しっぽは器用に避けたらしく、腰の横から飛び出てマリコとの間でクネクネと動いていた。女神は一度目を閉じてふうと息を吐くと再び口を開く。
「スキルポイントというのは、言ってみれば才能のリソースじゃ。条件を満たし、本人がそれを得ることを望み、その時に必要なリソースあればスキルを取得できる。ポイントが足りぬのなら足りるようになるまで取ることは叶わぬ。これがスキル取得のシステムじゃ」
「ならそれに則れば……いえ、そもそもポイントが確認できないんですね」
「そういうことじゃの」
自分以外のHPやMPなどを正確に読み取ること、つまり他者のステータスを見ることはマリコにもできなかった。そう簡単に誰もが手軽に治癒というわけにはいかないようである。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




