227 神々の研究 1
2017/03/16 サブタイトルを変更しました。内容は変わっておりません。
麦刈りを終えた里は、翌日から日常を取り戻す……かとマリコは思っていたのだが、現実はそこまで単純ではなかった。刈り取った物にはその後の処理というものがあるのである。
畑に並ぶ稲架に掛けられた藁束は乾燥したものから順次脱穀、選別、計量といった作業に掛けられる。最終的に袋詰めされたそれらは、里の取り分――要するに税金分――や出荷する分、手元に残す分と分けられ、それぞれの収まる場所へと運ばれていく。
里の者総出という状態ではなくなったものの、大部分の人々がそちらの作業に加わっている関係上、食堂の変則体制ももうしばらく続くことになる。麦の収穫という意味では、そこまで行って一段落ということなのだった。もっともその後には稲の作付け準備が待っているのだが。
そんな中、一足早く日常に回帰する者たちもいる。バルトやアドレーを始めとする探検者たちである。麦の刈入れという一度に人手を必要とする時期が終わったため、彼らは順次本来の役割、即ち担当区域の巡回へと出掛けていくこととなった。
「ではマリコさん、いってきます」
「い、いってらっしゃい」
食堂では三日前と同じようなやりとりが行われた。前回と違っているのはマリコがたまたまカウンターに出てきていたことと、バルトがその目の前までやってきたことである。その結果、カウンターをはさんだだけの、間近でのお見送りとなってしまった。
もちろん、食堂中から生温かい視線が注がれる。そちらが気になって顔に血が上りかけたマリコは、カウンターの上に置かれたバルトの右手が何かを求めるかのように時折ピクピクと動いていた事に最後まで気が付かなかった。
「じゃあ、マリコさん、いってくるわね」
「いってくるよ」
「「いってきます」」
「いってらっしゃい」
また今日はバルトだけでなく、カリーネたちも順にマリコに声を掛けていく。その中の女性陣三人だが、これまでと同じ革鎧姿だった。せっかくだからとメイド服姿で出発しようとしたカリーネをミカエラとサンドラが必死に止めた結果である。さすがに少し恥ずかしかったらしい。里から離れたら着替えるつもりだとマリコに言い置いていった。
「あ!」
バルトたちが戸口を抜けてその姿が見えなくなった頃、例によって小さく手を振って見送っていたマリコはあることに気付いて声を上げた。
(あのことの話をするのをすっかり忘れてました……)
例のカモフラージュの件である。バルトがそれらしい行動を取らないことに加えて、薄い本だ聖女だとドタバタしている間にすっかり頭から抜け落ちていた。当の相手が出掛けていってしまった以上、戻るまではどうこうするわけにもいかない。
(当面、現状維持ですね)
実際、カモフラージュとしては十分以上に役立っているようにマリコには思えるのだ。プロポーズ大作戦が再燃する気配も今のところない。そういう意味では今のままでも構わないといえば構わないのである。
(向こうから何か言ってくれば……まあ、その時はその時ですかね)
マリコはよく分からない理屈でとりあえず自分を納得させた。
「マリコ殿マリコ殿」
「え、ああ、ミランダさん」
いつの間にか隣に来ていたミランダに突かれて、内なる思考に潜り込んでいたマリコは我に返った。
「ああ、ミランダさん、ではない。それ、前を見られよ」
少し呆れたように、ミランダは立てた親指でマリコの正面を示す。カウンターの向こうには、これまたいつの間にかアドレーの組が勢ぞろいしていた。
「ミランダ姫様。マリコ様。我らもいって参ります」
「「「「いって参ります!」」」」
「あれ? アドレーさんたちは週明けに出るんじゃなかったんですか?」
挨拶を口にするアドレーたちに、マリコはつい質問で返してしまった。今日が土の日なので、明日の命の日まで休んでからにする、といった話を朝練の時に聞いた覚えがあったからである。
「いえ、そのつもりではあったのです。あったのですが……」
「ブランディーヌ様が……」
尻すぼみになるアドレーの声をイゴールが継いだ。ブランディーヌ。昨日やってきた神格研究会出版部に所属するという人である。
里に留まることを決めたエイブラムとブランディーヌはそれぞれ一人部屋ということで、アドレーたちと同じ四階にとりあえずの居を構えることになった。それらとは別に三階の二人部屋を一つ、神格研究会の名前で確保している。ここが当面、神格研究会暫定支部あるいは支部設置準備室ということのようだった。
イゴールの言う事によると、今朝になって改めて顔を合わせたブランディーヌにまたいろいろと聞かれたり、逆に話を聞かされたりしたようである。部屋が同じ階にあるということも分かり、このままでは落ち着いて週末を過ごせそうにない。ならば前倒しで今日のうちに出掛けてしまおうということになったのだと言う。
「あー、それはなんとも……」
本人たちには知られないようにすると言っていたブランディーヌではあるが、妄想の種となる取材自体は行うつもりなのだろう。それが分かったマリコはやや同情的な口調になった。
「どうもあの方は少々不気味でして」
イゴールはそう話を締め括った。同じ取材対象として、マリコにもその感覚は何となく分かる。故にそれを否定する気にはなれなかった。
「そういったわけで、改めまして、いって参ります」
「ああ、気を付けてな」
「おお、姫様にそのように心配していただけるとは。このアドレー……」
「誰も心配などしておらぬ。貴殿ら、出掛けるならさっさと出掛けられよ」
「はっ! おい、行くぞ」
言葉を途中で遮られたにも係わらず、アドレーは嬉しそうに四人を率いて出掛けていった。
「あら? アドレー君たちは?」
「ああ、おはようございます。ブランディーヌさん」
アドレーたちと入れ替わるようにブランディーヌが食堂に姿を見せた。昨夜は結構遅くまでごそごそとやっていたようで、今も一度部屋に戻っていたようである。
「アドレーさんたちなら今しがた見回りに出掛けられましたよ」
「あらあ、もう少しお話を聞きたかったんだけどなあ」
そう言って意外に豊満な身体をくねらせる。それでも巨乳派が多数を占めるアドレー組を引き止めることはできなかったらしい。やっかいな人に見込まれたものだなあと、マリコは苦笑しつつアドレーたちに同情した。
「戻ってくるのは何日か後ですよ」
「それは残念。でもまあ、いいわ。マリコさんもいることだし」
「え゛」
他人事ではなかった。
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