225 来たるべき者 8
「分かっていただけたようで何よりです」
「いやいやいやいや」
頭を抱えるマリコを見て何かに得心したというように頷くブランディーヌに、マリコはぶんぶんと首を振った。そういう趣味があることは知っているしそれ自体を否定する気は毛頭無い。趣味や嗜好は人それぞれでいいじゃないかとマリコは思っていた。しかし、否定しないからといって仲間扱いされても困るのである。
「それにバルトランドさんたちもそうですが、さすがは最前線ですよね。逸材っているものなんですね」
「……逸材?」
マリコの反応をスルーして話を続けるブランディーヌにマリコは目を瞬かせたものの、そのセリフに含まれたある意味不穏な言葉を聞きとがめた。
「ええ。あんなに妄そ……もとい、創作意欲を刺激する組には初めて出会いました」
マリコの脳裏に先ほど食堂で見た光景が甦る。ブランディーヌが混ざって話し込んでいた相手と言えば。
「それはもしかして……、アドレーさんたちですか」
「ああ! やっぱりマリコさんもそう思いますか!?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「だってアニマ出身の五人がいつも一緒にいるんですよ! あの耳としっぽの持ち主が五人も! 常に行動を共にして一つ屋根の下に住んでいれば、これはもう何も起きないはずがない! そうでしょう?」
同意を求められてもさすがにマリコは頷けない。一つ屋根の下とは言うが部屋は別なのだ。そういう見方で言ってしまえば、マリコもミランダもバルトたちも、さらにはタリアの一家とて一つ屋根の下である。
「いや、それはさすがにないんじゃないかと」
「そうでしょうか」
マリコとしては、彼らとミランダとの関係も知っているし、朝練でしょっちゅう顔を合わせているので人となりもそれなりに知っている。ミランダ一筋のアドレーはもちろん、他の四人にも特にそういう趣味や性癖はない。
分からなくはないので気付かない振りをしているが、彼らがマリコといる時にどこへ興味津々な視線を向けているかを考えればそれははっきりしていた。そういう意味では四人共健全な青少年なのである。
それよりマリコには気になることがあった。
「ブランディーヌさん、もしかしてそういう話をアドレーさんたちにしたんですか?」
「まさか。そんな話するわけないじゃないですか」
「え?」
意外な答えが返ってきて、これにはむしろマリコの方が驚いた。
「いいですか? 現実の人をネタにする時、本人に直接話を振るのはご法度なんです。妄想は本人に気取られる事なく、陰でひっそりと楽しむのがいいんじゃないですか。もし本人の目に付くところに出るようなものになるなら、その時は名前を変えるとかして少なくとも本人じゃないっていう体裁にしないと」
「へえ、そういうものですか」
そう答えながらマリコにはそれが何となく腑に落ちた。男の場合でも、それを作品にまでしようとするかどうかはともかく、実在の誰かでいろいろと妄想することはあるのだ。そして普通はその妄想を本人に知らせようとは思わないだろう。むしろ、知られたら身の破滅になりかねない。妄想は深く静かに潜行して、である。
「ええ。それにもし外野でそんな話をしていることが伝わって、彼らを結ぶ愛の物語にうっかりヒビでも入れてしまったらどうするんですか」
「は?」
感心しかかったマリコは、続いたブランディーヌの言葉のせいでどこまで本気で言っているのか分からなくなった。ただ、ここまでの話を自分のことに当てはめると別の疑問が浮かんだ。
「ところで、その論法だと私が出てくる本の話を私に振るのはいけないんじゃないんですか?」
「いえ、マリコさんの話は妄想話ではなくて実話ですから。存命の方の実話には本人への取材が不可欠でしょう? それに演出として多少強調した表現になるにしても事実無根なことは書けません。神々の判定にも通らないといけませんし」
「神々の判定?」
「ええ」
ブランディーヌの話によると、神々と無関係な完全な創作は除いて、神々やその事跡、加護を受けた者の話などは出版前に神様による判定を受けるのだと言う。具体的には、神格研究会本部にある専用のポストのような物に草案を入れておくといつの間にか判定されて判が押されているのだそうだ。
この不可思議な出来事にマリコは当然心当たりがあった。女神が楽しそうに読んでいたあれである。恐らくその神格研究会本部のポストと女神の部屋は何かの力で繋げられているのだ。いずれマリコについての本が書かれる時にはその草案も女神の部屋に行くことになるのだろう。マリコの心に光明が差す。
(つまり、清めの儀のついでに女神様をチェックして、私の話が来たらあそこで止めればいいんです)
神々の判定を覆す清めの儀。この思いつきにマリコは内心で満面の笑みを浮かべた。
◇
「ちょいとエイブラム。大丈夫なのかい、この娘は」
妄想談義に花を咲かせている二人を横目に見ながら、片眉を上げたタリアは小声でエイブラムに質した。タリアのそんな表情には慣れっこなのか、エイブラムは特に気にした様子もなくタリアを見返す。
「能力的には問題ないはずですな」
「性格的……いや、嗜好的に問題があるように見えるがね」
「なに、あれでも神格研究会の一員です。記録する事実に自分の趣味を反映させたりはしませんよ。神々とそれにまつわる事柄についての探求が神格研究会の本来の目的ですからな」
「そこだけ見てる分にはまともなんだがねえ、あんたたちは」
「なに、目的に至るには手段が必要です。その手段に己の望みを思い切り反映させても目的に至れるならそれは正しい。己を殺した苦行の果て、などという面白くないことは神々も望まれません」
「それはそうなんだろうけどねえ。材料にされる方は面白くないことも多いんだがね」
「そこはもう神々に愛されたことに対するお釣りとでも思っていただくしか」
「やれやれ。……それにしても、これは騒がしくなりそうだねえ」
「三十年経った最前線ならそんなものでしょう」
「そうかもしれないね」
隣で何やら黒い笑みを浮かべるマリコを見ながら、タリアは過去に、そして未来に意識を飛ばした。
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