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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
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番外 004 聖女ヴァレンティーヌの遺産

 ハッピーバレンタイン! ということで番外編です。

 例によって本編自体との整合性は無視しております。「作者によるセルフ二次創作」として気楽にご覧ください。

「それでマリコさんは何かするつもりなの?」


「ええと……」


 いつものように厨房に立っていたマリコは、サニアの質問に言葉を濁す。


 二月に入ってしばらく経ったあたりから、里の若者を中心に何やら浮ついたような張り詰めたような空気が漂い始めた。この雰囲気はマリコにも覚えがある。期待、不安、牽制、本人はさりげないつもりでも周囲にはバレバレのアピール。そう、二月十四日は元の世界にもあったバレンタインデーである。


 マリコも段々と分かってきたが、この世界にも元の世界にあった節句のような行事やイベント事は大抵ある。ただし、必ずしも元のままというわけではなく、この世界独自の故事があったりと何らかのアレンジが加えられていることが多い。これは歴史そのものが違うので当たり前といえば当たり前ではある。


 つい先日も節分があった。春の節分とは季節が変わる節目、つまり立春の前日のことである。(こよみ)の上では必ず巡ってくるものなので、節分があること自体は別におかしくも何ともない。問題はその節分で行われる行事である。実際に魔物が存在するからだろうか、鬼という概念がないようで「鬼は外、福は内」とやる豆まきがない。


 しかし、何故か恵方巻に似た行事はあるのだ。それは、最寄りの最前線(フロンティア)の方角に向かって野豚の挽き肉を牛の腸に詰めて茹でたもの――いわゆるボロニアソーセージ――を皆で丸かじりするというものだった。ただし、ナザールの里は最前線(フロンティア)そのものなので、向く方角はさらに先の東ということになる。


 冬の寒さに削られた体力を補って健やかに前を向いて進もうという意図があるようで、それ自体は間違っていないとマリコも思う。思うのだが。


(絵面的になんというかとても怪しげなのは皆さん気にならないんでしょうか)


 標準的な牛の腸詰は太さが四センチくらいで、長さは十センチから十五センチくらいに作られている。それにかぶりついてもぐもぐやっている様子に、マリコはつい下ネタ的な連想をしてしまうのである。仮にも縁起物としてやっている行事に対して申し訳ないかなと思いながら、マリコは周りを見渡した。


 どことなく恥ずかしそうにかじっている娘もいれば、ミランダを始めとして単に旨そうにバリバリとやっている者もいる。そういう女性陣の様子に目尻を下げる者もいれば、アドレーのように何となく痛そうに顔を引きつらせる者もいた。かと思うと、ブランディーヌのように男性陣が腸詰にかじりつくのを鼻息を荒くして見入っている一派もいる。


 態度によって耳年増具合が分かるような気もするが、自分だけが(よこしま)なわけではないと分かって内心安堵しながらマリコもバリバリと腸詰を一気食いしたものである。


 それが今度はバレンタインデーだという。また妙な行事に戸惑うことになる前に予習しておくべきだろうとマリコは改めて口を開いた。


「バレンタインデーってそもそもどういう日でしたっけ?」


「え!? そうね。元々は確か……」


 サニアはその形のいいあごに指を当てて少し視線を中空に彷徨(さまよ)わせた後、思い出すようにゆっくりと語り始める。


 もう随分昔、ヒューマンの国にヴァレンティーヌという女の人がいた。彼女は植物や薬物に詳しく、それらを用いた料理の腕も高かったという。その料理研究の途中で傷を癒すポーションの原型を作り出し、多くの人を救うことになったということで後に聖女(セイント)と呼ばれた人物でもある。


 そのヴァレンティーヌがまだ若かった頃、彼女には好き合った相手がいた。しかし、その男は探検者(エクスプローラー)である。街中に住むヴァレンティーヌとはただでさえ会える機会が少ない上にヘタ……奥手であったらしく、二人の仲はなかなか進展しなかった。


 やがて先に進まないまま月日は流れ、さすがに焦りを感じ始めたヴァレンティーヌは一計を案じた。当時、興奮剤――つまり媚薬の一種――として扱われていたカカオを食べさせてその気にさせようとしたのである。しかし、苦い薬として知られていたカカオをそのまま食べさせたのでは一発で狙いがバレてしまう。


 そこでヴァレンティーヌは研究を重ね、カカオマスに少量の砂糖やミルクを加えて食べやすくしたチョコレートを開発した。これを相手に食べさせて見事本懐を遂げたのが二月十四日であったことから、この日がバレンタインデー即ち、女の子の方から好意を告げる日となったのである。


 そこから時代は下り、さらに砂糖やミルクを増やしたチョコレートは美味しい食べ物として普及した。バレンタインデーも広まり本命以外にもプレゼントする義理チョコなども出現する。しかし、女の子の本気というものも変わりなく、本命には苦味の強い――媚薬としての効果が高いとされる――チョコレートを渡すというのが現在の流儀となっていた。


 かくしてビターチョコを望む男共の不毛な戦いが、今現在も水面下で繰り広げられているのである。


「……なんとも肉食系な話だったんですね」


 話を聞き終えたマリコはふうとため息を吐く。かつての経験から期待する気分は分かるし、自身の好みから言ってもチョコはビターな方がいい。しかし、今は渡す方の立場に立っているというのが問題である。


「それでどうするの? まあ、期待してるのは一人だけじゃ無さそうだけど」


「どうするのと言われましてもねえ」


 愉快そうに言ってくるサニアを見ながら、さすが親子だけあってタリアに似ているなあとマリコは思う。同時に、なんだって男にチョコなんぞ渡さなきゃならんのだと思う反面、ここは渡すべきだろうという声も心の内から聞こえてきてマリコは密かに眉間にシワを寄せた。


「まあ、何か考えてみることにします」


「面白いのを期待してるわよ」


「面白いのって……、カミルさんに渡してみるとかですか?」


「調子に乗って馬鹿なことをするからやめてちょうだい」


「……はい」


 真顔になったサニアに、マリコは頷くしかなかった。


 ◇


 やがて日は過ぎて十四日当日。


 マリコが配り歩いたチョコは波紋を呼んだ。ココアパウダーに包まれた甘いトリュフ。口に入れた瞬間その苦さに期待させられ、溶け出した途端に義理だと分かる特殊仕様である。皆に配られている時点で分かりそうなものだが、それでも一縷(いちる)の望みを抱いてしまうのが男というもの。しかも美味しい分たちが悪い。合掌。


 中までビターな本命仕様があったのかなかったのかは本人しか知らないことである。

蛇足っぽかったので本文中には入れませんでしたが、むしろマリコ自身が本命チョコをもらってわたわたしそうな気もします(笑)。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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