223 来たるべき者 6
「なるほど、こう書くんですか。ありがとうございました。それで、水の神様が男神だと分かれば何かいいことがあるんですか?」
どうやらブランディーヌはそっちの趣味の人らしい。しかし、それは今のマリコが知っているはずのない情報である。女神の所でアレを読んでしまったことはマリコとしても黙っているつもりなのだが、この先話が進んでうっかりボロを出して突っ込まれても困る。ならばいっそ相手に自分から喋ってもらった方がいいのではないか。そう思ったマリコはノートを返しながら何気なさを装って少し水を向けてみた。
その途端、ブランディーヌの雰囲気が変わる。瞳の奥に宿る光の色が切り替わるキュピーンという音を、マリコは聞いたような気がした。
「たくましい男性には優男の相棒が似合う。マリコさんはそう思いませんか?」
「え、それは一体……」
マリコにはブランディーヌが何を言っているのか一瞬分からなかった。
「ですから、たくましい金の男神様には少し線の細い相方がきっとおられるとは思いませんか?」
ブランディーヌにそう言い直され、マリコはようやく合点がいった。例の本の中で水の男神はそれこそ水も滴るような優男――しかしひ弱なわけではない――として描かれていたのだ。
「ええと、もしかして、それが水の男神様だと?」
「そうなんです! 分かってもらえますか!」
(しまった!)
ブランディーヌの声のトーンが一段上がり、マリコは自分が迂闊にも変なスイッチを押してしまったことに気が付いた。真理子は別段そちらの趣味というわけではなかったが、彼女に好みの話題を振った時と同じような反応だったのである。
覆水盆に返らず。気付いたとて後の祭りである。ブランディーヌは水の男神と金の男神の組み合わせがいかに素晴らしいかを猛然と語り始め、それは途中でこれはいかんとエイブラムとタリアが割って入るまで続いた。
頭の中を男神と男神が駆け巡っていたマリコは、ハッと我に返ると自分の手の中にある物に視線を落とした。話の途中、自分が書いた物だとブランディーヌに手渡された本である。昨夜のお伺い本よりは大分厚いがそれでもどちらかと言うと薄めの本。表紙には『黄金は水面に揺蕩う』というタイトルが書かれている。
(これは黄金の塊りが水に浮かぶものか、とか突っ込んだら負けなんでしょうね)
現実逃避気味にそんなことを考える。読んで感想を聞かせて欲しいと言われ、勢いに負けてついOKしてしまったのだ。女神ではないが、マリコも面白ければ割と何でもありなので読む分にはさほど問題はない。しかし、BL本の感想とは一体何を言えばいいのか。マリコはふうとため息を吐いた。
◇
「それで、東方の聖女という名前についてなんですが」
マリコへの取材が一応終わり、話は二つ名についてへと移る。否、マリコによって移された。放置しておくととんでもないことになりそうなので、マリコとしては看過できるものではないのである。
「考えたのはブランディーヌさんだとか」
「ええ、我ながらカッコイイ二つ名だと思うんですけど」
「どこがですか。そもそもですね……」
マリコはエイブラムに話したようなことを繰り返した。即ち、気が早い、恥ずかしい、嫌だ、という内容である。
「大体、どうしてわざわざ二つ名なんか付けないといけないんですか。いらないでしょうそんなもの」
「そんなことはありません。分かりやすい二つ名というのは読者に対してのアピールとしてとても有効です」
「ど、読者!?」
また不穏な単語が飛び出して、マリコは額に冷や汗が浮き出るのを感じた。そんなマリコをよそにブランディーヌはマリコの発した言葉の方に反応する。
「そうです、読者です。インパクトのあるタイトルやキャッチーなフレーズが、まず最初に読んでみようかという気持ちを読者に起こさせるんです。そのためにも、主人公の二つ名というのは華麗で派手な方が受けがいいと決まっているのです」
「いやいや、待って待って」
「遥かなる東の果て、最前線の地に降り立った彼の人はその無類の腕で強大な獣を倒し、その同じ御手を以って人々を癒し救う。讃えよ、その名を。神々に愛されし彼の人こそは東方の聖女。どうですか? そんな話があったら読んでみたいと思いませんか?」
「いやいやいやいや、待って待って待って待って、待ってください」
滔々と語り続けるブランディーヌにマリコは無理矢理待ったを掛ける。ブランディーヌは肝心な事を語らないまま先に進もうとしているのだ。マリコとしては嫌な予想しか浮かばないが、今聞いておかないともっと大変なことになるのが目に見えている。
「その、読者が読みたくなる話の主人公というのは……」
「もちろん、マリコさんですよ」
「ううぅ」
マリコはガクリと応接セットのテーブルに突っ伏した。衝撃でお茶のカップがガチャガチャ音を立てるがそれどころではない。その様子を見ているのかいないのか、ブランディーヌは話を続ける。
「タリア様とナザール様がこちらの門を開いて以来三十年、久々に現れた期待の星ですからね」
「タリアさん、以来?」
思わぬ名前にマリコはムクリと顔を上げると、隣に座るタリアを見た。苦虫を噛み潰したような顔のタリアと目が会う。
「タリア様の探検を描いた『爆炎の灰かぶり姫』は今でも時々増刷されていますから。同じ時期をナザール様の視点で描いた『ナザールの冒険』とは比べるべくもありません。だからこそ私たちは本のタイトルや主人公の二つ名が重要だと気付かされたんです」
タリアがナザールとここの門を発見して、その後結婚したということはマリコも知っている。だが、くわしい話は聞いた事がなく、断片的なエピソードをいくつか耳にしたことがあるだけだった。
(『爆炎の灰かぶり姫』。それはちょっと読んでみたいかもしれません)
「マリコ」
苦虫顔のままのタリアが低い声を漏らす。
「あんた今、その話を読んでみたいって思ったろう?」
「ええと、……はい」
「そこでもう、この娘の術中にはまってるんだよ?」
「う」
「他人の話は読みたいけど、自分が書かれるのは嫌だっていうのが通ると思うかい?」
「うぐ」
マリコは再びテーブルに沈んだ。
タリアさんがかつて通った道の模様。
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