222 来たるべき者 5
「私のことって。何だってそんなあだ名を付けられないといけないんですか!」
「あだ名ではありません。二つ名です」
「一緒ですよ、そんなもの。大体、聖女とかそういうのはもっとこう、すごい功績がある人とかに付くものじゃないんですか! 私はまだ特に何もしてないんですよ?」
マリコは確かに修復を使った。しかし、今のところ高々数人相手のことなのである。たったそれだけで聖女扱いはないだろうとマリコには思えた。
「ではマリコ様は今後修復を使うおつもりはないと?」
「……そんなつもりは、ありませんけれど」
状況によるという部分はあるだろうが、目の前で誰かが傷ついたり怪我人が連れて来られたりすれば、マリコは治癒なり修復なりを使うだろう。そこで躊躇するつもりはない。
「そうでしょう? であれば、二つ名に相応しい功績が築かれるのは時間の問題ではありませんか。今からそう呼ばれていても何の問題もないでしょう」
「いやいやいやいや。それは順番がおかしいでしょう」
「では実績を積んでから東方の聖女様と呼ばれたいと?」
この二つ名はエイブラムの頭の中では既定のことのようである。マリコは頭痛を感じ始めた。思わず額に手を当て、ため息を吐いてから改めてエイブラムに顔を向ける。
「ち・が・い・ま・す! そんな恥ずかしい呼ばれ方は嫌だと言ってるんです。そもそも東方のっていうことは南や北にも聖女がいるんですか」
「いえ、そんな方は今のところおられません。ただ、かつてヒューマンの国に聖女と呼ばれた方はいらっしゃいました。その方と混同されないように東方のではどうかという話になっているのだと聞いております」
「え、聞いております?」
マリコはそのエイブラムの言い様に引っ掛かった。自分が言い出したわけではない、という口振りだったのである。
「はい。こういう提案をするのはもっぱら出版部でして。詳しい話をお聞きになりたいのでしたらブランディーヌに聞いてみるとよろしいでしょう。今回の発案者は彼女ですので」
そう言ってエイブラムは食堂内を見回した。じきに見つかったブランディーヌはいつの間にかアドレーたちの席に混ざっており、真剣な表情で何やら語っている。相手をしているアドレーたちが一様に何とも困ったような顔をしているのがマリコには気になった。
「もし私が提案するとしたら、そうですね……」
エイブラムの声にマリコは視線をアドレーたちから目の前の男へと戻す。エイブラムは改めてマリコの姿を眺めた後にこう続けた。
「救命の天使、とかいかがでしょう?」
(天使って……)
恥ずかしさはどっちもどっちだとマリコはげんなりした。
◇
後日改めて魔法の事をもう少し詳しくお聞かせ願いたい、というところでエイブラムとの話は一応終わり、マリコとタリア、それに神格研究会の二人はタリアの執務室へと移動した。ブランディーヌの話はマリコへの聞き取りや取材になるということで、さすがに食堂の真ん中で続けるわけにはいかなかったからである。
応接セットにエイブラムとブランディーヌが並んで腰を下ろし、向かい側にタリアとマリコが座る。お茶を淹れたミランダが少し名残惜しそうにしながら退室するとすぐに、ペンを握り記録用らしいノートを広げたブランディーヌが口を開いた。
「マリコさんにまずはお聞きしたいのは神々の事です」
待っている間に里の者に話を聞けたからなのか酒が入ったからなのかは分からないが、宿に担ぎ込まれた時に比べるとブランディーヌは随分と落ち着いていた。一方のマリコは何から、そしてどこまで話していいものかと考える。ちらりと隣に座るタリアに目をやるとタリアは一つ頷いて言う。
「無理せずに、話せることだけ教えてやりゃいいんだよ」
(話せること、ですか。うーん、実際あんまりないんですよねえ)
マリコが会ったのは月の女神だけであり、その正体は女神ハーウェイである。正体はもちろんだが月の女神の生活実態も喋るわけにはいかない。女神との約束ももちろんあるが、あの有り様をバラして人々を幻滅させるのはさすがにまずかろうと思える。それはマリコとしても避けたかった。
「マリコさんがお会いになったのはどなたでしたか?」
マリコが黙り込んでいたからか、ブランディーヌはさらに具体的な質問に切り替えてきた。
「私が会ったのは月の女神様だけですね」
次いで、マリコは月の女神の外見について簡単に説明を加えた。例の神話の本の通り猫耳としっぽがあったこと、猫耳が大きめ――頭自体はミランダより少し小さいかなという程度だが耳は一回り大きい――でしっぽも長めであること、白い服を着ていたことなどである。
「これまでの伝承通りね。ふう、今度こそ他の神々のことが少しはわかるかと思ったんだけどなあ。ね、マリコさん、そういう話も出なかったんですか? 特に水の神様が男神であるとか」
「特に出なかったですねえ。いるという話は聞きましたけど」
やけに水の男神にこだわるな、と思ったところでマリコの脳裏に浮かぶものがあった。女神の部屋で見た、本になる前のお伺い。その中にそんな話があったはずである。あれの筆者は何という名前だっただろうかと考えてはみたものの、内容はともかくさすがにそこまで思い出せない。ならばとマリコはブランディーヌに聞いた。
「ところでブランディーヌさんというお名前って初めて聞いたんですけど、どう書くんですか?」
「え? ええと、……こうです」
少し怪訝そうな顔をしながらも、ブランディーヌはノートの端に名前を書くとくるりとそれをひっくり返してマリコに向けた。そこには分かりやすいようにだろう「BLANDINE」と書かれている。マリコはそれを見てあっと上げそうになった声をなんとか抑えた。それはかの本と恐らく同じ筆跡だったのである。
(アレを書いたのはこの人だったのか)
しかし、アレを読んだと言うわけにはいかない。言えば当然、どこで見たのかという話になるだろう。女神の部屋に通っているなどとバラすわけにはいかなかった。
「BL」ANDINEさん……。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




