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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
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221 来たるべき者 4

 マリコは黙ってエイブラムを見返しながら、その提案について考える。


 中央四国(よんごく)。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、アニマの名を冠する、始めの四つの門がある各国のことである。エイブラムがこの四国を勧めるのにはわけがあった。もちろんこの四国は人口が多いということもあるがそれだけではない。


 転移に際して必要となる魔力が、どういうわけかこの四つの門の間で移動する場合に限っては不要なのだった。中央四国のいずれかに住む者にとっては、自国の転移門までの距離がそのまま他の三国への距離ということになる。つまり、四国のどこかに居てくれれば、それだけで全人口の約半数を比較的楽にフォローできるとエイブラムは言っているのだ。


 確かに人の多い所に居る方がより多くの人を助けられるだろう。それは間違いないことだとマリコは思う。しかし、自分の回復系スキルは何のためにあるのか。「マリコ」が全てを救いたいなどという聖職者の如き志を抱いたことは一度たりとてない。ゲームを始めた当初、あまりにパタパタ倒れる姪たちと自分自身を何とかしたかったからこそ、「マリコ」はヒーラーにシフトしたのである。


 自分の力はまず自分自身と身近な人たちのためにあり、そのために使う。それは人としての至極当たり前の感覚だろう。己の力は万人のためにある、などと口にするのは聖人か物語の中の勇者か、さもなくば詐欺師である。


 「マリコ」が守りたかった姪たちはもういない。しかし、今のマリコには。


 ミランダやアリアを始めとした宿や里の皆。バルト本人はともかく姪一家を思い出させるその(パーティー)の面々。アドレーら探検者(エクスプローラー)たち。ここで出会った人たちの顔が、マリコの脳裏に次々と浮かぶ。


 もしこの地に現れたその時に同じ提案をされていたなら、マリコはそのまま中央へ向かったかも知れない。だが実際にはこの半月ほどの間にマリコは彼らと共に飯を食い、酒杯を掲げ、命を賭して戦ったのである。それらは全て偶然といえば偶然の産物なのかも知れない。


 しかし、人はそれをこそ縁と言う。


 故にマリコの心は始めから決まっていた。


「申し訳ありません。私はここにいます」


 恐らくは中央四国より遥かに危険の多いであろう最前線(フロンティア)に暮らすここの人たちを置いてどこへ行こうというのか。だが、神ならぬ身であれば先の事など見通せるはずもない。そう思ったマリコは一拍置いてから「少なくとも今のところは」と付け足した。


 謝礼だ金だという話についてはマリコは気にもしなかった。ここでの暮らしにはそれほど必要を感じないのである。先日いろいろと本があることは分かったのでそれは読んでみたいなとは思ったが、とりあえずお金が必要そうなのはそのくらいだった。今は女神が大部分を封印しているとは言え、(メガ)単位の金貨も密かに持っている。馬鹿にする気は毛頭ないが十(ゴールド)に執着して己を曲げることは考えられなかった。


 ほおともおおともつかないどよめきが食堂を満たす。いつの間にか食堂中の注目を集める中、エイブラムは一つ頷いて改めてマリコを見た。


「分かりました。何、一応そういう選択もあるとお伝えしただけですのでお気になさいませんよう」


「え」


 実にあっさりと引き下がるエイブラムに、むしろマリコの方が驚いた。


「ああ、ご本人の意思を曲げて来ていただいてもいい事はありませんからね。神々もそんな面白くないことは望まれないでしょう」


 笑みを浮かべてそう言うエイブラムにはわざとらしさも負け惜しみも感じられず、本心で言っているのが分かってマリコはまた意外に思った。ところが次の瞬間、そのエイブラムの笑みがニヤリとしたものに変わる。


「それならそれでやりようはあるというものです。それに、この里におられるなら転移門もすぐ近くですから手間はここまで転移してくる分だけで済みますからね」


 一瞬手間とは何のことかと思ったマリコだったが、じきに思い当たった。ここナザールの里はまだ小さく、転移門はマリコが住む宿から見えるところにある。つまり、ナザールの門まで来てしまえばそれはもうマリコの下に到着したのと同じなのだ。


 これがもしマリコが転移門から遠く離れた場所、例えば門と門の中間にある街などに住んでいるなら最寄の門からさらに旅が必要になるが、ここならその手間がないと言っているのである。小さな里の門の近くより大きな街の門から離れた場所の方が不便なことがあるというのはマリコも前に聞いた話だった。


「さて、それではタリア様、今度は嫌とはおっしゃられませんよね?」


「ふん。仕方がないね」


 エイブラムはマリコに向けていた目を今度はタリアに向けて言った。その顔にはむしろ得意気な表情が浮かんでいる。一方のタリアは少し渋い顔をしつつそれに応えた。


「今度はって、一体何の話なんですか?」


「なあに、この里へ神格研究会の支部を作るって話さね」


 タリアが言うには支部の話は結構前から出ていたのだそうだ。しかし、里もまだ小さいから無理に来なくていいとこれまで断っていたらしい。「連中が常駐するとなるといろいろ(わずら)わしいんでね」とタリアはマリコの耳元で囁いた。


 しかし、今までに加えてこれからは修復(リペア)保持者がいる里ということになる。やってくるであろう怪我人の整理や記録などのことを考えると最早断るより作ってしまってその辺りの事を任せてしまう方が先々楽だということらしい。


 マリコを置き去りにしてしばらくタリアとエイブラムの打ち合わせが続いた。里のどこにどういった形で、といった具体的な話はまた改めてということで、当面それらの準備のためにエイブラムとブランディーヌは宿に留まることになる。


「何せ期待の東方の(イースト)聖女(セイント)様ですからな。我々も力が入ろうというものです」


「は!?」


 締め括りにエイブラムが吐いたセリフの中に不穏な言葉を聞き取ったマリコは思わず声を上げた。聞きたくない気分をヒシヒシと感じるものの確かめずにはいられない。


「その、東方の(イースト)聖女(セイント)様というのは一体……」


「ああ、これは失礼しました。まだ我々内部の仮称でして。正式なものは改めて検討した後に発表させていただきます」


「いえ、正式とかどうとかではなくて、それは一体何のことかと……」


「おや、タリア様に聞いておられませんか?」


 エイブラムはそう言うとタリアに抗議の目を向けた。タリアはそ知らぬ顔をして目をそらす。ふうと息を吐いてエイブラムはマリコに向き直った。


東方の(イースト)聖女(セイント)様というのは、神々の加護を受けられたマリコ様のことですよ。タリア様の灰かぶり姫(シンデレラ)と同じです。もちろん先ほど申した通り、今のところ仮称ですが」


 エイブラムは当然の事と胸を張った。

東方の(イースト)聖女(セイント)様(笑)。

なお、四国中央市とは無関係です。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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