220 来たるべき者 3
「二十人!?」
それはマリコが思っていた以上に少ない数字だった。もっとも、そもそもこの世界に一体何人の人がいるのかマリコは知らない。否、タリアに聞いてみたことはあるのだが、正確なところは分からないという答えが返ってきたのである。ただ、元の世界の様に何十億もの人がいるわけではなかった。
始めの四つの門の各国にはそれぞれ百万を超える人たちが住んでいるらしい。それ以外にも、他の転移門を擁する国や街、里があり、さらにその周辺や転移門の間を結ぶ道沿いにできた街などもある。全部合わせれば一千万人は下らないようだがね、というのがタリアの話だった。
元の現実世界では失われた身体の一部を取り戻すなどということはそもそも不可能だったのだ。マリコの感覚で言えば、修復はその存在自体が既に奇跡なのである。それがあるというだけで、どれだけの怪我人が希望を失わずにいられることか。それでも一千万人以上に対して二十人未満は決して多くはないだろう。
「はい。ですから我々は修復の使い手の把握に努め、それについて皆様にもご協力をお願いしているのです」
「把握……、ええと、神格研究会の皆さんが、ですか?」
修復の使い手を把握することは、言ってみれば難しい手術を成功させることができる医師がどこの病院にいるのか知っておくというようなことである。それ自体の必要性はマリコにも分かるのだが、国なり何なりがするべきことのように思えるそれを何故神格研究会が行うのかがよく分からなかった。マリコは神格研究会を教会のようなものだと思っていたのである。
「ああ! 我々の活動分野も手広くなりすぎていますからな」
マリコの疑問はどうやらよくぶつけられる類のものだったらしい。エイブラムは神格研究会について間単に説明してくれた。
それによると元々神格研究会というのは、初めて転移門が通じた時に四つの門の各地に伝わる神々の話を収集してまとめようという目的でできあがった組織だったそうだ。この時点ではまだマリコがイメージしたような教会に大分近い。
ところが、その神々の話の中には当然ながら神々に与えられた奇跡、即ち魔法の話も含まれる。そこから魔法に関する研究や魔法を使った技術に関する研究も行うことになった。また、収集された情報も溜め込むだけでは意味がない。それらを人々に伝えるための手段として本にすることになる。となると今度はそちらに関する魔法や技術が研究開発される。
このような経緯を辿り、神格研究会は神々とそれに連なるほとんどあらゆることに手を染める、ある意味節操のない巨大な組織へと成長したのだという。
「冷蔵庫や洗濯機を作ったのも神格研究会なんですか!?」
「ええ。魔晶を用いた回路を組み込んだ道具類は、ほとんどがうちの技術部が作ったものですね」
途中で飛び出したマリコの問いにもエイブラムはあっさり答える。
「はー」
とりあえず、神格研究会の立ち位置はマリコにもなんとなく分かった。もっとも話を聞く限り、教会というより巨大企業のようである。ただし、その目的は皆で仲良く楽しくという神々の意向に沿うものであるため、必要以上に利益を上げようとすることもない。
人口を始めとする全体の規模から言って、転移門で結ばれた各国や街などはまとめて一つの国のようなものとも言える。そう見た場合、むしろ神格研究会が政府の役割を果たしているようにもマリコには感じられた。
「ああ、そうそう。忘れるところでした」
話が一段落したところでエイブラムはそう言って、先ほど修復を受けた二人に目を向ける。二人はそれに頷き返してそれぞれ小さな革袋を取り出した。
「ありがとうございました」
「お受け取りください」
「え? はい」
マリコは差し出されたそれを素直にそのまま受け取った。それは以前サニアにもらった財布のようなもので、実際にお金が入っているらしくチャリッと音がする。しかも結構な重さだった。
「これは一体?」
「マリコ様、お受け取りください。それは修復に対する謝礼の十G、金貨十枚です」
「はあ!? 受け取れませんよ、こんなもの」
マリコにしてみれば修復一回などさほど苦にもならない。それで十G――十万円相当――など受け取れるわけがないのである。今度は反射的に突き返そうとするがもちろん受け取ってもらえなかった。
「いえ、それは規定の額ですので、受け取ってもらわないと困ります」
「規定って……」
「探検の最中や事故現場などの緊急時は別ですが、修復一回に対する謝礼は決められているのです。受け取ってもらわないと我々ではなく、他の修復の使い手の方々が困るのです」
エイブラムが言うには、修復の使い手の年齢や経験にもよるが、少なければ日に一回、多くても三、四回使えるかどうかなのだそうだ。それだけに毎日魔力を使いきってしまっていては本人が他に何もできなくなってしまう。しかし、実際には治してもらいたい者の数は多く、修復だけに魔力を使い切ってしまうことがほとんどなのだそうだ。その補償のために謝礼が設けられたのだという。
(これはゲームでいうところのNPCに修復を頼む時のパターンでしょうか)
部分喪失状態に陥った時、パーティ-メンバーなどのPCに頼めばタダ――もちろん魔力は必要――だが、町にいるNPCに頼む場合は同じような料金が必要だった。ただし、十Gほど安くはない。お金の価値が違うという問題はあるが、数百Gは必要だったはずである。
もしそれが踏襲されたような形になっているのだとしても、現実である以上修復を使うのはNPCなどではなく実在の人である。報酬となるものも無く修復だけで魔力を使い切るのでは確かに困るだろう。謝礼があるというのも頷ける。故に、ここでマリコだけが受け取らないとそれはそれで不公平ということになってしまうのだ。
「この二人はまだ数日順番待ちになっていたところをお連れしたのです」
考え込んでいるマリコに、エイブラムは付け加えるように言った。修復が必要な者がいなくなるほど使い手は多くないのですと。
ゲーム通りなら修復のスキルレベルが低いうちは成功率もさほど高くない。逆にスキルレベルが上がると成功率は高くなるが必要な魔力量も増えていく。スキルレベルが最高で滅多に失敗せず、かつレベルや他のスキルの効果の積み上げによって五回や十回使っても平気な魔力量を誇る者などこの世界にはマリコ以外にはいないのかも知れなかった。
「そこでマリコ様にご提案、いえお考え頂きたいことがあるのです」
黙って話を聞いていたマリコにエイブラムはさらに言う。
「ヒューマンの国に、いえ中央四国のいずれかに居を移される気はありませんでしょうか。より多くの方が助かりますし、その謝礼だけでもマリコ様が金銭的に困ることはなくなると存じます」
誰かが息を飲む音が聞こえ、食堂内は静寂に包まれた。
謎の組織(笑)神格研究会のことがやっとまともに出てきました。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




