219 来たるべき者 2
食堂内にどよめきが広がり、入り口近くの席からガタガタとイスが持ち寄られる。担ぎ込まれた人たちはとりあえずそこに座らされた。顔色はあまり良くないが、それぞれなんとか自分で腰を下ろしているところを見ると意識がないわけではなさそうである。サニアが急いでカウンターの中からフロアへと出て行き、マリコも焼きかけていた串を火から下ろしてサニアに続く。
「パットさん、何があったの!?」
「ああ、サニア嬢ちゃんか。何、大した事じゃないよ」
「ええ!? でも、だって」
やや緊張した声で聞いたサニアは、何でもなさそうに返ってきた答えに驚いた。追いついたマリコの目にも何でもなくは見えない。
入ってきたのは九人。その内、パットを含む作業着っぽい服の五人は本当に何でもないようで、イスに座ることもなく自分の足で立っている。しかし、後の四人は見るからにふらふらしていて、何とか倒れずに座っているという様子だった。
さらにその中の二人は着ている服にこそ血や汚れは付いていないものの、どう見ても怪我を負っている。それぞれ上着の片袖とズボンの片方の裾がダラリと垂れており、その中身が失われているのが明らかだった。
「本当に命に別状はないから安心してくれ。この人たちは魔力切れなんだよ」
「え、魔力切れ? それじゃあ……」
サニアはそう言うと立っている五人の男たちを見回した。全員が中年から初老といった年恰好の男たちは揃って頷く。
「ああ、パットの言う通りだ。俺たちが連れて来たんだよ。まあ、俺は馬車を操ってただけなんだがね」
五人の中で一番若そうな――といっても四十くらいにはなっているだろう――男が代表するように言う。マリコはこの男に見覚えがあった。昨日、打ち上げ用の荷物を届けに来てくれた男だったのである。
転移門を通る場合、基本的には距離に応じた魔力が必要になる。これは門を使う本人だけでなく一緒に連れて行ってもらう者も同じだった。つまり、へたり込んでいる四人はパットたちにナザールの門まで送ってもらったものの、魔力を使い切ってこうなってしまったということである。
先日のボスオオカミの時のバルトたちもこれに近かったがそれよりもっとひどい。かつてマリコはナザールの門に――つまりこの世界に――現れた時、転移酔い、つまり魔力切れかもしれないと言われてそれを装った。しかし、実際に見るとマリコの時とは大分違っているのが分かる。
(これが本物の魔力切れですか。……っとそんなことより)
マリコはスッと進み出て四人に近付いた。魔力切れ自体はそれほど問題ではない。魔力は時間が経てば段々と回復していくので、放っておいても恐らく明日には元通りになる。しかし、何か急ぎの用があるならこのままでは困るだろう。
「魔力譲渡」
まずは片腕の男に触れて魔力を注ぎ込むが、とりあえず最低限に留めることにした。この後修復を使うことになりそうなので、全員の魔力を完全回復させてマリコ自身の魔力が足りなくなっては困るのである。
だが実際にやってみると男の魔力は完全近くまで回復してしまった。これはマリコが男のいわゆる最大MPをバルトたちを基準に見積もったためで、普通の人はそこまで最大値が高くないのである。男の顔色が良くなり、もうふらついていないことを確かめて次へと移っていく。
始めの男と次の片足の男は作業着ほどラフではないが普通の服装をしていた。しかし、三人目の二十台くらいの女性と最後の四十台後半らしい男性は、白と黒だけを使った似たようなデザインのどこか制服っぽいものを身に着け、白い帽子を被っている。
「やっぱり魔力が尽きるとだめね。あー楽になった、……ということはあなたがマリコさん?」
「ああ、これは正に魔力譲渡……素晴らしい」
長旅の疲れか魔力を注がれた後も息を吐いていた前の二人と違い、制服組らしき二人は注いだ途端に元気になった。
「あなたは神々のどなたかに会ったの? どなただった? 水? 木? 土? 男神だった? 女神だった? 男神だったら嬉しいんだけど……」
「マリコ様、早速ですが、是非こちらのお二人に修復を……」
「え、ええと、あの」
いきなり一辺に捲くし立てられ、マリコは目を白黒させる。助けを求めるようにサニアの方を見ると、こちらも目を瞬かせていた。
「タリア様、お早く!」
「そんなに急かすんじゃないよ。一体何が来たって言うんだい」
男女二人がさらに言い募りかけた時、奥の廊下から声が響いた。程なくミランダとタリアが姿を現し、白黒の二人組とタリアは互いを認めるとあっと声を上げる。タリアは少し呆れたように息を吐いてから改めて口を開いた。
「エイブラムじゃないかい。随分とまた早かったもんだね」
「それはもう。何せ命の……」
「あ、もしかしてタリア様ですか!? あの伝説の灰かぶり姫の! 一度お会いしたかったんです! それで……」
「ブランディーヌ君! ちょっと静かにしてくれないかね」
エイブラムと呼ばれた男とタリアの会話に割って入った女を、エイブラムはさすがに――自分のことは棚に上げて――とがめた。
◇
「私の腕が!」
「僕の脚も!」
マリコの修復は見事二人の男の身体を治し、二人は飛び上がらんばかりに喜んだ。もっとも、修復の後で掛けた体力回復の効果が切れてしまうのでイスに座ったまま本当に飛び上がったりはしない。
「さすがですな。タリア様がお知らせくださった通り、いやそれ以上かも知れませんな。二人を癒して息も切らさないとは」
エイブラムが驚きと賞賛の声を上げる。本人の自己紹介とタリアの説明によれば、この男は神格研究会神話部の魔法担当、特に回復系魔法について研究しているとのことだった。もう一人のブランディーヌは同じく出版部だそうで、そっちの話は長くなるからということで後回しにされ、テーブルに着いて八つ当たり気味にジョッキを傾けている。それでも周りの里の者や給仕に来た宿の者にいろいろ話を聞いている辺り、転んでもただでは起きない性格らしい。
「それにしてもとんでもなく早かったじゃないかい。私が手紙を書いてからまだ何日も経っちゃいないだろうに」
「それは当たり前です。修復の使い手ですぞ。しかも一日に何度も使うことが可能で今のところ失敗もないと聞けば、これの確認はもう最優先事項に当たります」
手紙を受け取るとすぐに各所に手配し、動ける程度に魔力が回復したら次の門へと、転移門を乗り継ぐようにしてここまで来たのだと言う。そんなことをすれば確かに魔力が空っぽになるはずだとマリコは呆れた。
「すまないね、マリコ。こればっかりは黙って隠しとくわけにもいかなかったもんでね。まさかこんなに早く来るとは思ってなかったから、麦刈りが終わったらあんたにも説明するつもりでいたんだけどね」
マリコに黙っていたことを詫びるタリアに、マリコは首を振る。
「いえ、それは仕方ないんでしょうけれど。でも、修復が使える人って、そんなに少ないんですか?」
「我々が知る限りですと、マリコ様を入れても二十人に届きません」
マリコの疑問に、タリアに代わってエイブラムがそう答えた。
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