214 新たな日常 13
「さてと。それじゃ行くわよ、ミカちゃん、サンちゃん。ほら、マリコさんも」
「「はーい」」
一応話がついたところでカリーネが三人に声を掛ける。これでやっとアーマービキニを脱いで普通の下着に替えられるかと思っていたマリコはカリーネの言葉にはてと首を傾げた。
「ええと、どこへ行くんですか?」
「折角着替えたんだもの、向こうで首を長くしている人たちにお披露目してあげないと悪いでしょう?」
「ああ、って私もですか?」
どうやら三人はメイド服姿をバルトたちに見せてやるつもりらしい。三人とも似合っているし、メイド服は正義である。お披露目しようというのも分からなくはない。しかし、自分もというのがマリコにはよく分からなかった。マリコがメイド服姿なのはいつものことであり、珍しくもないだろう。
「もちろんよ。ね、ミカちゃん、サンちゃん」
「うん」
「そうだね」
カリーネの目配せを受けたミカエラとサンドラは、スッと両側からマリコに近寄るとガシッと左右の腕を捉える。ほんの少し前に見たような光景が再現された。
「え、ってまたですか!? 私のこの格好なんか今さら改めて見せてもしょうがないでしょう」
「何言ってるの、マリコさん。あなたはその服の下に着込んでいるアーマービキニをお披露目するんじゃない」
「は?」
一瞬、マリコはカリーネの言ったことが理解できなかった。そして、ある可能性に思い至ると左右で腕を取っている二人の顔を交互に見る。だが、二人はニヤリとした意味有り気な笑みを浮かべるばかりで何も言わない。マリコは正面に立つカリーネに視線を戻した。
「水着姿になってバルトさんの部屋に戻れって言うんですか!」
マリコの脳裏に浮かぶ、三人のメイドさんに連行されていく一人だけ水着姿の自分。それこそ何かの罰ゲームである。しかし、マリコのセリフを聞いたカリーネは目をパチクリと瞬かせた後、ため息を一つ吐くと額に手を当てて言った。
「誰もそんなことをしろなんて言わないわよ」
「じゃ、じゃあまさか、あの二人の前で脱いで見せろと……」
さらにひどいビジョンが閃く。とんでもない話である。何が悲しくて野郎共にストリップもどきを見せてやらねばならないのか。今度はカリーネの目が点になって固まった。数秒間の硬直が解けると声を上げる。
「違うわよ! そういうのは二人きりの時にするものなの! 例えば……」
「カーさんカーさん」
「サンちゃん、何?」
「そこから先は聞きたくない」
「あ、そ、そうね。オホン」
何やら暴走モードもしくは惚気モードに突入しかかったカリーネは、半眼になったサンドラの冷静なツッコミにはっと我に返った。咳払いの後、改めてマリコを見る。
「そんな難易度の高いことをしろなんて言うつもりはないの。ただちょっと捲って見せてあげればいいのよ。さっきもやりかかってたじゃない」
カリーネはそう言いながら指先をちょいちょいと動かしてマリコの足――つまりスカート――を示した。
「は!? いえ、あれは……」
マリコとしては、先ほどのあれは裸エプロンなどと言われたことに反射的に応じてしまったのであって、違うということを見せたかっただけである。そもそもカリーネたちが相手であったからこそできたことで、誰に対してもできるというものではなかった。
「水着だから恥ずかしくないんでしょう?」
「それを言ったのはトルステンさんです」
「あなたも頷いてたじゃない」
「うぐ」
確かにマリコにも、偶然スカートの中を見られてしまったというのなら中身が水着の方が下着より気分的にはマシだろうとは思える。しかし、たまたま見えるのとわざわざ見せるのは全く別の事ではなかろうか。マリコはつい想像してしまった。バルトとトルステンの前に立ち、メイド服のスカートの裾を持ち上げて「水着だから恥ずかしくないもん」などと口にする自分を。
それ何てエロゲ? というツッコミが聞こえてきそうなシーンだった。本当にノベルゲームであったなら、イベントCGの挿入間違いなしである。とてもではないが、耐えられそうにない。マリコはのた打ち回りたくなった。しかし、そのある種の現実逃避も長くは続かない。カリーネの声がマリコの意識を引き戻した。
「さ、分かったら行くわよ」
マリコを確保したミカエラとサンドラの腕に力が籠る。全力を出せば振り切れなくはないだろうが、女の子相手にとマリコがためらっているうちに二人はずんずんと動き始めた。マリコの前に段々と戸口が迫ってくる。イベント開始まで、あと数歩。マリコはプルプルと小刻みに首を振るが二人の足は止まらない。
「無理無理無理無理。無理です! 恥ずかしくなくないです! 私が間違ってましたから勘弁してください」
マリコは遂に泣きを入れた。二人が歩みを止めてカリーネを振り返る。カリーネは重々しく頷き返した。
「そう。それが女の子の正しい反応なの。乙女の恥じらいなのよ、分かった?」
「へ?」
また突然不可解なことを言い出したカリーネに、マリコは気の抜けた声を漏らした。それに構わず、カリーネは続ける。
「マリコさん、どことなくおかしかったもの。普通の女の子なら服の下にずっと水着を着ていようなんて言わないし、それを見せても平気だとはあんまり思わないものよ」
「はあ」
「それにサニアさんにも頼まれていたしね」
「サニアさん、ですか」
思いがけない名前が挙がって、マリコは思わず聞き返した。
「そう。言ってたわよ。あの娘、記憶がどうこう以前に女の子として抜けてるところがあるみたいだって。それで、最近仲が良さそうで自分よりあなたに年が近い私たちにって頼まれたのよ。機会があったらその辺を叩き込んでやってほしいって」
「そ、そうだったんですか」
カリーネの話を、マリコは内心冷や汗を流しながら聞いた。やはり付け焼刃では完璧には程遠かったらしい。サニアであればおかしいと思われても不思議はない気がする。初日からマリコを見ている上に、何と言っても剃刀事件の相手である。あの一件はマリコ自身も女の人としてこれはおかしいだろうと思っていた。
「ちょっと追い込みすぎたかなとは思ったんだけど、大丈夫だった?」
「はい、なんとか……。あ、じゃあ後の二人に見せにいくっていうのは」
「私たちのは本当。でもマリコさんのは、う、そ。ごめんなさいね」
「は、はは」
「あ! 大丈夫!?」
マリコはほっと安心してその場にへたりと崩れ落ちた。しかし、自分が一体何に対して安心したのかはよく分からなかった。
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