211 新たな日常 10
ミカエラとサンドラがメイド服を手にして主にそのスカート丈をにらみ、一方のカリーネは黒いワンピースを身体に当ててトルステンに見せながら「どう?」などと言っている。目を細めてカリーネにうんうんと頷き返していたトルステンは、ふと何かに気付いたように目を開くとマリコに、正確にはまだマリコが手にしている物に目を向けた。
「ねえ。ちょっと思ったんだけど、それ。そのアーマービキニ? の上に革鎧や服を着ればいいんじゃないかな」
トルステンの発した言葉にマリコはあっと小さく声を上げる。ゲームではシステム上、着ることのできる服または鎧は一つだけだった。メイド服とアーマービキニなら、装備できるのはどちらか一方だけということになる。しかし現実ならメイド服の下に水着を着けておくことも不可能なはずがない。ついゲームの常識で判断してしまっていたマリコは、それができるかどうかを考えていなかったのである。
「それに、下にそれを穿いてればスカートで動き回ってもし見えちゃってもほら、水着だから恥ずかしくないもんって言えるじゃない」
両手を広げ、いかにもいい事を思いついたという顔をしてトルステンは続ける。それはマリコにもいい考えであるように思えた。
「あら、それはダメよ」
「うん、ダメだね」
「ボクもそう思う」
ところが、カリーネたち三人は即座にそれに反対した。トルステンは「あれっ?」と首を傾げながら、広げていた手をだらりと下ろす。
「いいアイデアのような気がするんだが」
「いいアイデアのような気がするんですけど」
バルトとマリコが同時に声を上げ、図らずも同じ事を口にして思わず顔を見合わせた。しかし、二人が次に何か言うより先に、呆れをにじませたカリーネの声が響いた。
「マリコさんまでそんなことを言うの?」
「え、私だけです……か」
カリーネの瞳がスッと細められ、マリコの抗議の声は尻すぼみになる。
「……ふう、仕方ないわね。トーさん、ちょっとこれ持ってて」
「え、あ、うん」
ため息を一つ吐いたカリーネは、持っていたメイド服をトルステンに押し付けるとミカエラたちを振り返る。二人はカリーネの視線の意味に気付くと頷いて、カリーネと同じようにそれぞれが手にしていた服をテーブルに置いた。そのままススッとマリコに近付き、左右からガシリとその腕を取る。
「え!?」
「論より証拠よ。さ、行きましょ」
「何? 何ですか!?」
「いいからいいから」
アーマービキニを握り締めたまま、マリコはミカエラとサンドラに引っ立てられるようにバルトの部屋から連れ出された。後を追うカリーネは戸口まで進んだところで立ち止まると男たちを振り返って指を立てる。
「あなたたちはちょっとここで待っててね」
それだけ言うとさっさと出て行った。扉がパタンと閉まり、取り残された男たちは顔を見合わせる。
「なんだあれは?」
「さあ?」
当然の疑問を口にするバルトに、メイド服を抱きしめたトルステンが肩をすくめて答えた。
「あの、どこへ……?」
「すぐそこすぐそこ」
マリコを引っ張ったミカエラとサンドラが向かったのは本当にすぐそこで、二つ隣の扉の前だった。そこがこの二人の部屋であることはシーツ交換に来たのでマリコも知っている。促されてそのまま二人と一緒に部屋に入ると、じきにカリーネも追いついてきた。
構造自体はバルトの部屋と同じ作りのはずなのだが、住人が女の子であるからか何となく雰囲気が華やかで、匂いからして微妙に甘い。片方のベッドには私物らしい明るい色のクッションが置かれてシーツもピシッと掛けられており、もう片方は枕元にカップと何か食べ物らしい包みが置いてあり、シーツの上には寝巻きらしき服が――恐らく脱いだまま――広がっていた。
数日前に初めてこの部屋へ入った時、マリコは何故か不思議な懐かしさを感じた。どうしてだろうと考えて、何度か訪れたことのある姪たちの部屋に似ているような気がするのだと思い当たった。とは言え、他に女の子が二人住んでいる部屋など心当たりはない。
(双子で顔はそっくりなのに性格は結構違ったんですよね)
もっとも、ミカエラとサンドラは双子どころか姉妹でさえないので違っているのが当たり前なのである。しかも、マリコは始めクッションがある方がサンドラのベッドだと思っていた。しかし、後で聞くと実は逆で、そちらはミカエラが使っている方なのだそうだ。
(人は見かけだけで判断してはいけないということです)
「マリコさん? マリコさんって!」
「はい?」
耳元で連呼される自分の名前にマリコは我に返った。ミカエラが呼び掛けながらマリコの顔の前で手をヒラヒラ振っている。どうやら、複数の女の子に捕まって部屋に連れ込まれるというよく分からない事態に混乱して、追憶の世界へと現実逃避していたらしい。顔を上げると、真面目な表情をしたカリーネが立っていた。
「マリコさん、わざわざこっちに来てもらったのは他でもないわ」
「はい」
「脱いで」
「はぃ……、は?」
うっかり頷きそうになったマリコはあわててカリーネの顔を見返した。しかし、カリーネはいたって本気で言っているようである。
「脱いで、その手に持っている水着に着替えて」
「あ、ああ、そういう意味ですか」
「ええそうよ。それでね、マリコさん。何か不思議っていうか腑に落ちないんだけど、あなた本当にその水着を着けたことはある?」
「ええ、それはもちろんありま……」
反射的に答えかけたマリコは途中ではたと言葉に詰まった。確かに「マリコ」にこのアーマービキニを装備させたことは何度もある。どこかの、最後のと言うタイトルのくせに毎度毎度ローマ数字を増やしてはエンドレスに続くファンタジーRPGの新作のリアルさとは比べるべくもないが、それでも3DCGで描き出される水着姿の「マリコ」は美しく可愛らしかった。そのままの姿で街中を歩いたこともダンジョンに潜ったこともある。
しかし、それは全てゲームの中での「マリコ」の出来事である。当然ながら、今の身体にアーマービキニを纏ったことはなかった。
「やっぱりないのね?」
「ええと……」
「マリコさんっていろいろできてすごいのに、時々変なところで知らなかったり抜けてたりするわね。……ああ、そういえば記憶が抜け落ちてるところがあるんだったわよね。こんなことまで忘れてるんじゃ大変ねえ」
カリーネの言い様に内心ギョッとしたマリコだったが、カリーネはマリコの事情を思い出して勝手に納得したようだった。マリコにしてみれば、傍から見ていて記憶に残っている知識でなんとか女の子をやっているというのが現状なのである。いつどこでボロが出るか分かったものではない。
「何にせよ、とにかく着替えてみて。そうすれば、私たちの言ったことの意味が分かるわ」
「……分かりました」
やや不可解ではあるが、重ね着がダメだという理由が分かるのならまあいいかととマリコは頷いた。
「じゃあ私たちは外で待ってるから、着替え終わったら呼んでもらえるかしら」
「あたしのベッドの上、好きに使っていいから」
「アーマービキニ……」
そう言い残して三人は部屋から出て行った。見ているから着替えろと言われたらどうしようかと思っていたマリコは閉まった扉を見てホッと息を吐く。さすがにそんなことを言い出すのはミランダくらいであるらしかった。
扉から目を離して視線を手の中に落とす。すると当然、先ほどから握ったままだった赤い紐、ではなく赤いビキニが目に入る。それはどこか、今まで見たこともない未知の物体に見えた。
(これを着るんですか。私が?)
見ると聞くとは大違い、ではなく、見ると着るとは大違いである。マリコはそれを散々着せて眺めた「マリコ」に心の中で詫びると、手の内にあるそれをミカエラのベッドに置き、首のリボンに手を掛けた。
続きます(汗)。
次回はマリコの着替えから?
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




