210 新たな日常 9
マリコの言葉に息を飲んだカリーネは、じきにふうと息を吐いた。
「そんな風に言われちゃったら断れないじゃないの」
カリーネは肩をすくめてそう言うと、どこか嬉しそうにマリコを見た。どうやら受け取ってもらえそうだとマリコは安堵しかけたものの、カリーネは「でもね」と続けた。
「ありがとうって言ってもらってしまうには高価過ぎるのよ。これ、全部買い揃えたら金貨で千枚単位の値段になるわよ?」
「別にわざわざ買った物ではなくて元々持っていた物ですし」
「だからと言って価値が下がるものではないわ」
「いえ、でも……」
「それならせめて……」
やいのやいのと、何やらおばちゃん同士の遠慮の押し付け合いのような口論が始まってしまった。バルトとトルステンは目を瞬かせ、ミカエラとサンドラはどうしたものかと互いに顔を見合わせている。ただ、さすがにこれはマリコの方が分が悪い。生粋の女の人に口で勝てる訳がないのだ。
しばらくためらっていたバルトは一度トルステンと視線を交わし、それからぐるりと皆を見回して一つ頷いた後、ふんと気合いを入れて二人の間に割って入った。
「ありがたく受け取ることにするよ、マリコさん」
「バルト!?」
カリーネが驚いた声を上げるが、バルトはそれに頷き返す。
「俺たちの強化は俺たちだけの話じゃない。里全体の安全にも繋がるんだ。それにこないだみたいな事が今後もないとは限らない。もっと先へ進むのならなおさらだろう。皆の安全のためにはこっちからお願いしたいくらいだ」
バルトはそこまで言うと改めてマリコに顔を向けた。
「けどカリーネの言うことももっともなんだ。あれは借り物ということにさせてもらっても構わないだろうか」
「え、ええ、構いません、けれど」
「ありがとう。その内、何かの形できっと返すから」
「は、はい」
やや硬い笑顔で言うバルトにマリコはなんとか返事をする。この男の顔が近くにあると布団潜り込み事件が脳内で再燃して、いたたまれなさに自分の顔に熱が籠りそうになるのだ。
(何で男の顔見て赤面しなくちゃならないんですか! くっ、平常心平常心)
マリコは一歩下がると密かに深呼吸して心を落ち着けた。頬の熱が去るのを待ってベッドの上に目をやる。
「じゃあ、あれは使っていただけますね」
マリコが言うと五人は頷いた。今度はカリーネも特に何も言わない。
「それじゃあ、次なんですが……」
「「次!?」」
誰のものか、さすがに驚きの声が上がる。
「はい。とりあえず武器や盾の類から出したんですけど、他にも装備品がありますから。それも使っていただければと」
マリコがカリーネの顔を見ながら窺うようにそう言うと、カリーネはちょっと首を傾げた後、任せたというようにバルトの方を振り返った。パスされたバルトは「俺?」とつぶやいて少し考え込んでから答えた。
「毒を喰らわば皿まで、はちょっと違うか。あるのなら頼むよ」
「はい。それで鎧なんですけど、一応全身鎧があるにはあるんですが、多分使えませんよね?」
「ああ、それは探検者には向かないな」
念のために聞いたマリコだったが、返ってきた答えは予想通りだった。動く度にガチャガチャと音の出る全身鎧は森に入って動物を相手にするのには不向きなのである。バルトたちに限らず里で会った探検者たちが皆革鎧だったことと野豚狩りの経験から、マリコも無理だろうと思っていた。近付く前に逃げられるのが目に見えている。
「それではまず、カリーネさんにはこれです」
マリコはそう言うと、畳まれた服を取り出してカリーネに手渡す。黒い物と白い物が畳んで重ねられたそれを受け取ったカリーネはまずは黒く大きい方を広げた。
「これは!」
それは、カラーとカフスの部分だけが白く他が真っ黒の丈の長いワンピースだった。つまり、マリコが今着ている物と全く同じ見た目のメイド服である。まだ畳まれたままの物はもちろんエプロンとストッキングなのだった。
「ミカエラさんとサンドラさんにはこれを」
マリコに同じような物を差し出され、二人は少し引きつった顔でそれを受け取った。広げてみるとこちらの二人分はどちらもミニバージョンの方である。
「あら、私だけ長いのね」
二人が微妙な表情で持っているメイド服の丈の長さ、というか短さを目にしたカリーネが言う。
「ええと、それぞれ付与してある属性が違うんです。皆さんそれぞれに合った属性の物をお渡ししました」
本当はカリーネに渡した物と同じ属性のミニバージョンやミカエラたちに渡した物のロングタイプもあるのだが、マリコにはなんとなくカリーネにはロング、若い――といっても一つだけのはずだが――二人にはミニだろうと思えたのである。
「へえ、すごいわね。でもどうしてこの服なの?」
「ええと、それは私が持っている鎧や服の中で、全身鎧の次に防御力が高いのがこれなんです」
マリコはやや焦り気味に答えた。もちろん、ゲームの中でも全身鎧の次にメイド服の防御力が高かったわけではない。金属鎧と布製の服との間には革鎧の類が存在した。しかし、「マリコ」としてプレイする分には本気で戦闘する時の全身鎧と見た目重視で性能もそこそこあるメイド服があれば十分だったのである。
「一応、メイド服と同じ程度の防御力の物がもう一つ、あるにはあるんですが……」
「どんな服なの?」
気楽に聞くカリーネの後ろでは、嫌な予感でも感じたのかミカエラとサンドラがまた何となく苦い表情をしている。
「ええと、これです」
マリコは赤いそれを取り出して見せる。それは一見、紐の束のようにしか見えなかった。しかし、よく見ると三角形の布地の端から紐が出ているのだ。マリコはちゃんと見えるようにそれを広げて見せた。
「それ、水着じゃない!」
しかもセパレーツ、紛うことなきビキニであった。そりゃそうだとカリーネの叫びに内心同意しつつ、マリコは一応説明を加える。
「ええと、これは防御魔法が仕込んでありまして、これを着ているだけでも全身に防御力が及ぶんです。名前をアーマービキニといいます」
マリコはこのアーマービキニを「マリコ」のために各色取り揃えて持っている。何故これがまだアイテムストレージにあったのか、マリコとしては甚だ疑問だった。しかし、消えずに残っていたということは、恐らくはこの世界の技術と魔法で同じ物を作ることができるということなのである。
「アーマービキニ!? ビキニアーマーっていうのは聞いた事があるけど……」
「ビキニアーマーがあるんですか!?」
「え? わ、私も聞いたことがあるだけなんだけどね」
カリーネが口にしたビキニアーマーという響きに一瞬気を取られたマリコだったが、すぐに本来の目的を思い出した。
「それはともかく、ええと皆さん、どっちがいいですか?」
三人とも躊躇なくメイド服を選んだ。
後でトルステンがアーマービキニを一着分けてもらいに来たとか来なかったとか。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




