209 新たな日常 8
「それでは今日はこれで先に失礼します」
食堂の片付けと明日の準備を終え、入浴も済ませたマリコは風呂上りの一杯を断って厨房を後にした。バルトの組に用があるのだという話は先にしてあるので特に引き止められることもない。ただ、ミランダだけはどこか怪訝そうな表情を浮かべて見送っていた。
三階まで登って角にあるバルトの部屋の前に立つ。ノックするとすぐにカリーネが顔を出し、そのまま中に招き入れられた。既に五人とも揃っており、マリコは勧められたイスに腰を下ろす。もう寝入っていてもおかしくない時間ではあったが、さすがに誰も寝巻き姿ではなく、マリコ自身もロングタイプメイド服姿でやって来た。これは破れた物と見た目は全く同じだが、アイテムストレージから引っ張り出した別のメイド服である。
全員が席に着いたところでマリコはぐるりと皆を見回した。それぞれがイスに座っている中、一人だけ自分のベッドに腰掛けているバルトに気付いておやと思う。しかし、思い返してみれば、この部屋には元々バルトの物以外には組の人数分のイスしかなかったのだ。その内の一脚にマリコが座っている以上、あぶれる者が出るのは当然のことだった。
譲ってくれたのかと思うと同時に、バルトが座っているそのベッドに潜り込んで眠ってしまった記憶も呼び覚まされて眉間にシワがよりそうになる。マリコは一度目を閉じてとりあえずその記憶を脳裏から追い払った。問題のバルトはと言うとマリコに目を向けてはいるものの何故か黙り込んでいる。それに代わるようにトルステンが口を開いた。
「それで、俺たちに用っていうのは何なのかな?」
「ええと、それなんですが、私の荷物が出てきたという話はご存知ですか?」
「ええ、女将さん、タリアさんが教えてくれたわよ。良かったわねえ」
質問に質問で返してしまったマリコにカリーネが嬉しそうに答えた。はいと頷き返してマリコは話を続ける。
「それでまずは、私の荷物の中にあったこれなんですが……」
マリコは立ち上がると、あらかじめアイテムボックスに移しておいた大剣を取り出した。おおっと言う声が上がる中、鞘の先を床につけてその柄をバルトの方に差し出すように傾ける。
「バルトさん、これが扱えますか?」
「……やってみよう」
二人の視線がぶつかり、一呼吸ほどの間を置いてバルトが腰を上げた。自分に向けられた大剣の柄を握り、背負わずにその場で鞘を払う。その鞘をマリコが受け取るとバルトは抜き身の剣を握ったまま座っている仲間たちから離れた。室内故に派手に振り回すわけにはいかない。その場で何通りかの構えを取ったり突きの動作を試したりした後、バルトはマリコを振り返った。
「問題なさそうだ」
「良かった。じゃあ、それはそのままバルトさんが使ってください。バルトさんが持っていた剣を私が折ってしまいましたから気になっていたんです」
「「えっ!?」」
驚きの声はバルト本人ではなく、剣を確かめるバルトを自分たちも立ち上がって見ていたトルステンとカリーネから上がった。やっと出てきた、しかも明らかにバルトの剣より格上に見える代物をあっさり使えと言うのだから驚くなと言う方が無理な話である。残るミカエラとサンドラの二人も少し驚いたような顔はしているものの黙ってマリコたちを見守っていた。
「それ、バルトに渡してしまったらマリコさんが困るんじゃないかい?」
トルステンの疑問はもっともで、マリコにもその反応は十分予想できた。故に答えもちゃんと準備してある。
「ああ、それは大丈夫です。私にはまだこれがありますから」
トルステンに答えたマリコは、笑みを浮かべてアイテムボックスから別の両手剣を取り出した。それは今バルトの手にある大剣と同じくらいの長さがあり、棒状の鍔の先には小さな輪が四葉の形に並んだ装飾が施されている。ゲームではクレイモアと名付けられていた両手剣である。現れたそのクレイモアにトルステンが目を瞬かせた。
実のところ、マリコのアイテムストレージに入っていた両手剣はこの二振りだけではなかった。これは基本的には武器が壊れることがあるというゲームの仕様に対する備えなのである。メインウェポン足りうる武器は複数準備しておくというその常識に加えてコレクション的な感覚もあり、マリコは結構な数の武器を持っていた。もちろん極端なコレクターではなかったので全武器コンプリートには程遠い。
「じゃあ、あの大剣をバルトが受け取っても問題ない?」
「そういうことです。それで、ついでと言っては申し訳ないのですが……」
納得したような呆れたような顔をするトルステンを置いて、マリコはクレイモアを仕舞いこむと空いている方のベッドへと歩み寄った。そして、トルステンをさらに呆れさせる物を次々と取り出し始める。それらをベッドの上に並べ終えると五人の方を振り返った。
「よろしければこれも皆さんに使って頂きたいんです」
マリコの言葉に、今度は全員が言葉を失った。
並んでいるのは、長剣に大型のカイトシールド、長弓二張り、細剣二振り、短剣二振りだった。これは一昨日マリコが見た、バルト以外の四人が装備していた物に準じた選択である。実際に使うところまでは見ていないが、長弓と細剣はカリーネとサンドラが身に付けていた。
四人が使っている物も決して質が悪いわけではない。しかし、ベッドに並べられた品々は抜いてみるまでもなくさらに上等そうなのである。
「これも私たちに渡してしまって、それでもマリコさんは困らないの?」
「はい」
「本当に?」
「ええ、本当に」
一番に硬直から復帰したカリーネが発する疑問にマリコは即答する。実際ほとんどは似たような物がまだアイテムストレージにあるのだ。
「どうして……。どうしてそんなにしてくれようとするの?」
「それは……」
マリコはカリーネの次の言葉には即答しなかった。目を伏せて考える。しばしの後、マリコは顔を上げた。その顔には笑みと決意が浮かんでいた。
「それは私の我がままです」
「我がまま?」
「皆さんに無事でいて欲しいと思う、私の我がままです」
人は時にあっけなく死ぬ。そのことをマリコは知っていた。自分の手の届かない所で突然起きる事については神ならぬ身にはどうしようもないことも。先触れがあったはずのものにはそれに気付けなかった己を責めもした。
だから、もし。自分にできることで身近な人を少しでもそこから遠ざけられるのなら。そのできることをするのに躊躇するまいと、マリコは思ったのだった。
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