204 新たな日常 3
そこには前に見た通りトップページとしてステータスのページが表示され、ページの端にはステータスを始めとして各ページを開くためのタブが並んでいる。それをざっと眺めたマリコは設定タブの隣、つまり列の一番最後に「その他」というタブを見つけておやと首をひねった。
(こんな項目ありましたっけ……)
マリコはとりあえずそのタブを選んでページを開く。するとそこには「風と月の女神の部屋へ行く」というボタンが一つだけあった。さらにその下には「最終訪問日」とあり、その横には昨日の日付が表示されていた。それを見たマリコの眉が微妙に上がる。
「こんなものまで仕込んであるとは……。本気で定期的に掃除に来いってことですか」
そう言って呆れ気味のため息を吐いたマリコは、一応女神の間に行く方法は分かったことだしと思い直した。今はあまりゆっくりもしていられない。マリコは次にアイテムストレージのページを開いた。
アイテムストレージのウィンドウにはさらに「武器」や「防具・衣服」といった種類別のタブが並んでいる。そして、所持金はストレージ内にあるのではなく、ウィンドウの枠の部分に金額として表示されていた。ゲーム内で買物などの取引をした場合はそこから精算されていたのである。
「え? 何これ」
その所持金の表示を目にしたマリコは思わず声を上げた。一つだったはずの所持金欄が二つになっている。それはKから上、つまり千の位から上の金額とそれ未満の金額とに分かれていた。Kから上の方は数字こそあるもののグレー表示になっている。そしてその数字の隣にはゲームでは見た覚えのない「!」マークが点滅していた。マリコがそれに触れると、聞き覚えのある落ち着いた声が流れ始める。
『すまんがおぬしの所持金は大部分を封印させてもろうた。もし既にこの世界で何かの取引をしておったなら分かるじゃろうが、この金額は個人が持っておるには多すぎるのじゃ。おぬしがそんなことをするとも思えんが、もし一度に世に出たら大騒ぎになるじゃろうて。K未満の分だけでもとりあえずは十分であろう。先々本当に大金が必要になったなら、その時には封印を解こう』
声はそれだけ言うと唐突に途切れた。M単位であっても、ゲームだと高額アイテムを一つ買ったら無くなってしまう程度の金額に過ぎない。しかし、とマリコは考える。お金の価値が違うのだ。安いナイフでさえ数十Gしたゲームではない。
(一Sが百円なら一Gで一万円。一MGだと……百億)
確かにマリコが普段持っているには大きすぎる金額である。かつての経験から言っても周りに知られただけでトラブルを起こすだろう。マリコの額に冷や汗が浮かぶ。K未満の数百でさえナザールの里では十分大金なのだ。己自身の精神の安定のためにも女神の措置は間違っていないだろうとマリコは思った。
一度深呼吸をして気を取り直したマリコはアイテムストレージの中身をチェックし始めた。まずは武器防具。大小長短各種揃った十数振りの剣にメイスやフレイル、モーニングスターといった鈍器類。数張りの弓に数枚の盾。全身鎧はさすがに何組もはない。いずれもドロップ品か鍛冶職人謹製の名品である。
次に衣服。一通り眺めたところでマリコは軽い頭痛を覚えた。もちろん知っていたことではあるが、趣味に走った物ばかりなのだ。長短のメイド服はまだいい。後は大抵、可愛いか高露出かのどちらかなのだった。「マリコ」に着せて、それを見て楽しんでいたのだから当たり前と言えば当たり前である。とてもではないが今の自分が着たいとは思わなかった。
(比較的マシなのがノースリーブのチャイナドレスですか。いやいや、これも確か両サイドのスリットが腰くらいまで入っていたような……)
穿いてないように見える人気アイテムである。
あとは何本かのポーションに少量の素材類や道具類である。裁縫道具があったのがマリコにはありがたかった。元々そんなに溜め込んでいたわけではないのでさほどの量はない。しかし、ゲームで使っていた球形の魔晶を始めとしていくつかのアイテムは消えているようで、恐らくこの世界には存在しない物なのだろうとマリコは見当を付けた。
(一着縫い上げるには材料も設計図も足りませんけど、修理ならできそうですね)
あちこち裂けたマリコのメイド服に復活の目がありそうだった。
「さて、アイテムストレージが復活してくれたのは嬉しいんですけれど、これどうしたもんでしょう」
マリコは、お金も荷物も無いという状態でこの宿に転がり込んだのである。いきなりいろいろな物を持っているのではあからさまに怪しいことになってしまう。なるべく怪しくならない解決法が何であるのか、マリコにはまだ見当が付かなかった。
「タリアさんに相談してみるしかなさそうですね」
そう結論を出したマリコは、これまで眺めるだけに留めていたアイテムストレージから一振りの両手剣を取り出した。バルトが使っていた物より幅の広い、むしろ大剣と言っていい物である。
ゲームの時にはこれに鞘など付いておらず、装備すると鞘が描画される形であった。しかし、今取り出したそれはバルトの物と同じような横から引き出す形の鞘に納められている。鞘から伸びる太目の革ベルトを使って、マリコはそれを背負った。この手の剣は大抵の場合、革ベルトを袈裟懸けに掛けて背負う形になっており、これも例外ではない。
「うっ、む、胸が……」
圧迫感に自分の身体を見下ろしたマリコの目に、見事にパイスラッシュして谷間の底を斜めに縦断する革ベルトが映った。ベルトの幅が広い分、左右の丘への圧迫も強烈である。マリコは右手を上げて剣を抜いた。重さが減ったことでベルトの圧力も下がり、正眼に構えるとピタリと手に馴染む。それでもさすがに屋内で振るわけには行かず、マリコは抜き身の剣をベッドに立て掛けて背負った鞘を下ろした。
(今のこの身体でこれをずっと背負って歩くのは無理ですか)
胸がひしゃげてしまいそうである。大剣のメインウェポン復帰をとりあえず諦めたマリコは立て掛けた剣の輝きに己の顔を映し、昨日折れ砕けたバルトの剣を思った。
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