200 酒の勢い 13
おかげさまで本編が200話に到達しました。
(番外が一つ混ざっているので部分としては201ですが(汗))
お付き合いくださっている方々、ありがとうございます。
記念というわけでもありませんが少々長めです。
「そうですよね。まだ若いんですよね」
「その通りだ。分かって頂けたか」
マリコが思ったことを改めて口にすると、ミランダがぐっと顔を上げて応じた。その勢いのまま腕を突っ張って身体を起こすとまたふらりと立ち上がり、ゆらりと元いた席に戻ってドカッと腰を下ろす。言いたいことは言ったということか、背もたれに身体を預けて目を閉じたミランダの表情は何となく満足そうだった。
ミランダが無事に座り込んだのを見届けたマリコは二つの意味でふうと息を吐く。確かに元の年齢の感覚から生じていた焦燥感からは解放された。焦る必要は無いのだと思えるだけで大分気が楽になる。しかし、それとバルトとの件は無関係とまではいかないものの別の問題である。いろいろと条件が重なった上の事ではあるが、言ってしまえばあわてて目の前の問題だけを何とかしようとしたマリコ自身の勇み足なのだ。
「とりあえず、続きはバルトが起き出してからの話ね。私たちも部屋へ戻るわ。ここで待ってた理由も無くなったことだしね」
同じようにミランダを見守っていたカリーネが、横道にそれた話の流れを戻すように言って立ち上がる。
「カリーネさん……」
「ミカちゃんとサンちゃんの事は気にしなくていいっていうのは本人たちが言った通りよ。だから後はマリコさんとバルトの問題」
「そうだね」
「うん。バルトがいないところで周りがどうこう言ってもだめ」
ミカエラとサンドラはカリーネの言葉に頷くと同じく腰を上げた。
「俺個人としては、瓢箪から駒でも嘘から出た真でも構わないと思うけどね」
「う」
最後にトルステンが席を立ち、細めた目に笑みを浮かべてマリコに向けながら言う。四人が四人とも、マリコがバルトにやらかしたことを非難も否定もしない。この四人に間に入ってもらってあの話をなかったことにできないものかと密かに考えていたマリコは、むしろ賛成するような気配さえ見せるトルステンの言葉に思わず唸った。
「バルトのことは抜きにしても、マリコさんとは今後ともよろしくお願いしたいわね。それじゃあ女将さんに皆さん、お先に失礼します。おやすみなさい」
カリーネを筆頭にそれぞれ挨拶を口にすると四人は階段を上がっていった。残されたマリコはまた内心で頭を抱える。直接話せとは言われたものの、明日どんな顔をしてバルトに会えばいいのか。自分は何だってアレをいい考えだと思ったのか。そもそも事の発端となったザットは何故いきなり結婚とか言い出したのか。
「マリコ。あんたも今日はもうお休み。今そこで唸ってても埒が明かないよ。皆には衝撃だったろうけど、実際何かあったわけでもないんだろう? 一晩寝て頭をスッキリさせてからもう一度考えてみればいいさね」
「……はい。そうします」
カウンターの中でずっと黙って聞いていたタリアが口を開いた。何か思うところはあるらしく、複雑そうな表情をしている。しかし、今考えても埒が明かないというのは確かにその通りなのである。マリコは素直に頷いた。
「マリコ様、ついでにと言うのも心苦しいですが、一緒にミランダ姫様をお願いしてもよろしいでしょうか。さすがに我々がお部屋にお連れするわけにも参りませんので」
立ち上がったところでアドレーに問われ、マリコはミランダに目を向けた。目を瞑ってはいるものの眠り込んでいるわけではなさそうである。
「ミランダさん? 部屋に帰りますよ? 立てますか?」
「んー? ん」
顔を上げて薄目を開いたミランダが手を伸ばしてくるのを引っ張って立たせてやると、案外しっかりと自分の足で立ち上がった。マリコが一緒にいればなんとかなりそうである。
「では、このまま私が。女将さん、皆さん、アドレーさんたちもおやすみなさい」
「よろしくお願いします。それでは姫様、マリコ様、おやすみなさいませ」
「ん」
「おい、我々も戻るぞ」
ぞんざいな返事をするミランダの手を引いたマリコが歩き出すとアドレー一行も階段へと向かって行った。
ミランダの部屋を開けると当然ながら中は暗かった。戸口のところに立ったマリコはまぶしくない程度に絞った灯りを一つ灯してミランダを部屋に押し込む。マリコがその場で見守っていると、靴を蹴り脱いでベッドに上がったミランダはメイド服姿のまま上掛けを被って丸まってしまった。
「ミランダさん、そのまま寝るつもりですか!?」
「んー」
「服がしわくちゃになりますよ」
「あ゛ー」
見とがめたマリコが声を掛けると、こんもりした上掛けの盛り上がりがくぐもった返事と共にもぞもぞと動き出した。じきに上掛けの端から白いエプロンがポイと放り出される。それは空中で一瞬ふわりと広がった後、ベッドの端にくしゃりと着地した。
「何やってるんですか、もう」
さすがに放置しておけなくなったマリコはベッドに歩み寄るとエプロンを拾い上げた。すると今度は深緑のメイド服が投げ出されてくる。
「あっ! せめて掛けときましょうよ」
それも拾ったマリコはクローゼットを開けてハンガーを取り出した。ミランダの部屋にはここ数日で何度か入ったので勝手は分かっている。そもそもほぼ毎日一緒に風呂に入ってるのだ。今さらミランダの着替え程度に動じるマリコではなかった。
「もうありませんね?」
さらに出てきたパニエも仕舞ったマリコはベッドの盛り上がりの横に立って声を掛ける。すると上掛けの横から手がニュッと伸びてきてマリコの服をつかんだ。同時にミランダの耳だけが上掛けの上の端から姿をのぞかせる。
「何を……ひゃっ」
今度は突然足の外側を撫でられ、くすぐったい感触に声を上げたマリコがそちらを見下ろすと、赤トラのしっぽが上掛けの横から飛び出ておいでおいでしていた。
「褒……賞……」
上掛け越しにミランダのかすかな声が聞こえた。耳だけが見えているせいで、マリコには猫耳が喋ったように見える。
「褒賞? あ」
売り言葉に買い言葉で決まった腕相撲の賞品である。
「要らぬ……か?」
要らない訳がない。マリコの寝巻きは今朝洗濯場で受け取った物がアイテムボックスに入っているので着替えを取りに戻る必要もない。赤トラ猫耳としっぽの前にマリコの平常心はガラガラと音を立てて脆くも崩れ去っていった。もしかすると、バルトに寄り添って眠った時の心地よさを何かで上書きしたいという思いもあったのかもしれない。
「要ります」
マリコは腰の後ろに手を回すと、蝶結びになったエプロンのリボンをしゅるりと解いた。
◇
窓の外が薄明るくなり始めた頃、ミランダはふと目を開けた。やや霞の掛かった寝起きの頭によく分からない言葉が浮かぶ。
(私は人である。名前はミランダという。昨夜どこでいつの間に眠り込んだのかとんと見当がつかぬ。何やらサラサラしたシーツの海でニャーニャー啼いていた事だけは記憶している)
ミランダはここで初めて首を巡らし、自分の隣に横たわる何かを見た。
「マリコ殿!?」
穏やかな表情で寝息を立てるマリコの顔がどアップで目に飛び込んできてミランダは思わず声を上げた。同時に昨夜何があったかが朧げに思い出されてくる。
(そうか、酔って……腕相撲の褒賞を……)
記憶が鮮明になっていくにつれてミランダの顔に朱が差していった。ナデナデだけに留まらず、カリカリされたりハムハムされたりペロペロされたり――もちろん耳としっぽを――したのである。
「マリコ殿マリコ殿」
ミランダは自分をを抱え込むように横向きにくっついて眠っているマリコの肩を揺する。しかし、マリコは起きる様子もなくそのままころりと転がった。
「ぬっ!?」
マリコの寝巻きは大方のボタンがはずれており、マリコは寝るときにブラジャーを着けない。眼前に姿を現したミランダのものより遥かに高い標高を誇る連山に、ミランダは低くうめいて固まった。数瞬の後、ふうと息を吐いて身体の力を抜く。
「マリコ殿。聞いておられぬであろうが一応言っておく。前にも言ったが、そのように己の優位を誇示されるのは構わぬ。だが、攻められれば弱点足りえる所を無防備に放り出しておくのはいかがなものか。それに私はこうも言ったはずだ。もし今度見かけたら受けて立つと」
気持ち良さそうなマリコの寝顔に向って決然とそう宣言したミランダはむくりと起き上がり、両手を目の前に掲げて何度か拳を開け閉めして具合を確かめる。その後、親指、人差し指、中指をそれぞれ揃えて伸ばし、マリコに向けて構えた。それは一見、中国拳法の蟷螂拳を彷彿とさせる。
「断じて言うが、これは仕返しなどではない。かつて己が口にした事を有言実行しているに過ぎぬ」
構えを取ったままミランダは自分に言い聞かせるように言い、捕捉した獲物に目を細めた。
「覚悟されよ」
ミランダは両方一度に、思い切り摘み上げた。
とんでもないところで終わっておりますが、これでお話としては第三章終了です。
次回、再び登場人物一覧のような物。形としてはそこまでが第三章の予定です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
※先日活動報告には書いたのですが、仕事が忙しい時期に突入しました。申し訳ありませんが年末頃までの間、更新が少々不定期になると思われます(汗)。




