表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
195/502

194 酒の勢い 7

 時間は少々遡る。


 バルトはザットによる電撃結婚申し込み(プロポーズ)を目にした驚きで凝固(フリーズ)した。もちろん、男たちの間でマリコの人気が高いことには気付いていたものの、今の段階で結婚を申し込む者が出てくるとは思っていなかったのである。


 もし、あの容姿で料理が上手く酒が飲めるというところで留まっていたなら、今頃マリコは全方位からの猛攻(アタック)(さら)されてされていただろう。しかし、その後マリコが周囲に見せつけた能力(スペック)は、気軽にちょっかいを出す相手としては高過ぎたのである。


 ある者たちはマリコの隣に並ぶに足る力を手に入れるべく己を鍛え始め、またある者たちは最早偶像(アイドル)(あが)(たてまつ)る信者と化して一歩退いた、というのが男たちの現状についてのバルトの見立てだった。それが何故今日になってこのような事態になったのか。


「とりあえず、結婚の話自体はうやむやになるみたいだよ。ミランダちゃんが乱入してね。ほら、腕相撲勝負だってさ」


 トルステンとカリーネに活を入れられてようやく再起動したバルトに、トルステンはのんびりした口調で言う。見れば、カウンター前のテーブルがいくつかどけられてスペースが作られていく。マリコはと視線を動かせば、その騒ぎに少し呆れた顔を向けながらジョッキを傾けていた。


「……で、行くの?」


「誰が行くか!」


 小首を傾げて聞いてくるトルステンにバルトは半ば反射的に答えた。そんな宴席の出し物みたいなところで真面目な話ができるかと思う。大男が小首を傾げても可愛くないわ! というセリフは口にしなかった。そういう仕草も案外似合ってしまうところがトルステンなのである。バルトには真似できそうにもない。トルステンをにらみ返したバルトはジョッキの中身をぐいっと空けるとテーブルにタンと置いた。


 やがて勝負が始まった。何故か始めに出てきたミランダとの試合には少しヒヤリとする場面があったものの、マリコは順調に勝ち続けている。目を細めてそれを見ていたバルトは試合が進むと共に飲むピッチが早まっていった。ジョッキを三杯ほど空にした後、ウイスキーへと切り替わり、チビチビとやっていたのが段々とグビグビになっていく。それに合わせて目はさらに細まり、眉間にシワが刻まれていった。


 ◇


 そして現在、瞬間的に力を込める、汗が噴き出る、冷却材(ビール)投入、というサイクルを繰り返していたマリコだったがさすがにお腹が張り始め、途中からはこちらもウイスキーをロックでチビチビやりながら余興を続けている。続けながらマリコは少々不安を感じ始めていた。


 勝ち負けに関しては今の所ミランダを越えるような脅威は現れていなかった。だが、さすがに最前線(フロンティア)で暮らす男であるだけのことはあって、ザットも含めて全く気を抜いていて勝てるほど弱くもない。だが問題はそこではなかった。アドレーとの勝負についてミランダが愚痴をこぼしていたのを思い出したのである。


――回数制限を付けてやればよかった


 改めて考えてみると今回のこれも回数制限など設けていない。つまり、後日また同じような騒ぎが起きる可能性に気付いたのである。否、この調子だと間違いなく起きるだろう。


 マリコは自分に向けられる好意に気付いていた。自意識過剰などではない。何せ今のマリコの容姿はいわば完全版真理子の具現である。惚気(のろけ)は入っているかもしれないが「俺の嫁がモテないわけがない」とでもいうのが正直なところだった。もし目の前に完全版真理子がいたなら何としても守ろうとしただろう。ただ、問題なのは今は自分自身がそのマリコだということである。


 大部分が終わりつつある今になって条件を追加するのはさすがに公平さに欠ける気がする。何とか次がないようにする手立てはないものかとマリコはウイスキーを投入した頭で考えた。


 そして、天啓を得た。


 ◇


 自分でも何故かよく分からなかったが、試合が消化されていくにつれてバルトの眉間のシワは深くなり、あごには梅干が浮かび始めた。飲むペースも上がっている。マリコが負ける様子はない。にも係わらず、どうして自分はどんどん不機嫌になっていくのか。


「あたしも行ってこようかな」


 残る挑戦者がわずかになりギャラリーの視線が集まり始めた頃、バルトが密かに唸っていると、唐突にミカエラの声がした。何を言い出すのかと思わずその顔に目を向ける。


「ミカちゃん、何を言い出すの」


 同じことを思ったらしいカリーネが問い(ただ)した。こちらもそれなりに酒が入ったミカエラは少し赤らんだ顔をカウンターに向ける。


「あたしも挑戦してみたくなったって言うのかな。マリコさんとどの位差があるんだろうって。それに、見てよあれ。もう結婚とかどっか行っちゃってるよ? あれじゃあアイドルの握手会だって」


「「「あー」」」


 ミカエラの言い様にバルトを除く三人が納得の声を上げる。


 営業用かもしれないが、ともかく笑みを浮かべたマリコが挑戦者を迎え、手を握り合って一勝負。すぐに結果は出て、負けた相手はそれでも満足そうな様子を見せながら、大抵はジョッキを受け取って今度はギャラリーに混ざるか席へと戻っていく。確かにそう言われればそんな風に見えなくもない。そして、そう思ったことでバルトは気が付いた。


「サンちゃんもどう?」


「うーん」


「待て」


 バルトは話を進めようとするミカエラを止めた。


「俺が行く」


 手の中のカップに残ったウイスキーを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。食堂内に「おお」という小さな声がさざ波のように広がった。


「結局行くの?」


「今の俺は純粋な筋力ではまだ彼女に及ばない。だが腕相撲は筋力だけが絶対じゃないはずだ。それを確かめてくる。仮に勝てなくても今後の参考にはなる」


 トルステンの問いに直接答えず、バルトはそういい置いてカウンターへと向っていく。その背中を見送ったトルステンは、バルトがある程度離れるのを待って残る三人を振り返った。


「マリコさんがよその男と手を取り合うのを黙って見ていられなくなったって素直に言えばいいのにね?」


 小声でぶっちゃけるトルステンに三人は微妙な笑みを返した。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=289034638&s

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ