019 世界の始まり 16
「ええっ!?」
いきなりの予想外な質問に、マリコは驚きを隠し切れずに声を上げた。今、神様と聞いて頭に浮かぶのは、もちろんあの巨乳女神様である。
「心当たりがないかい?」
「えっ? いや、あれは……」
思わず、「あれはゲームの中の事で」と言いそうになって、マリコは途中で言葉を切った。
(ゲームの中とか、何を口走るつもりだ、私は。それに、神様と言ったってハーウェイ様はゲームの中の女神様、言ってしまえばNPCのはずだ。でも確か、後で会えるみたいな事を言ってたよな。それがこのよく分からない世界でっていうことなら、あの人は本物の神様ってことになるのか?)
「ああ、やっぱりそうかい。それなら納得だよ。あんたはうちの門に、神様の誰かにどっかから連れてこられたんだね」
「!」
マリコの反応から何かを確信したらしく、タリアは事もなげにそう言った。
(神様の「誰か」ってなんだ? 一人いや一柱じゃないってことか? ハーウェイ様は確か唯一神っていう設定だったよな。じゃあ、タリアさんの言ってる神様はハーウェイ様とは違うってことか?)
「神様の誰かって……。どうして、そう思うんですか」
「まあ、そう固くならなくてもいいよ。よくある、とまでは言わないけど、たまにあるんだよ、そういう話が。神様に何かを渡されてとか、どっかへ連れて行かれてとかで、何かをやらされたりすることになる話がね」
タリアは自分を見つめるマリコを見て雰囲気を和らげ、背もたれに身体を預けると右手をヒラヒラさせながらそう言った。
「そんな事が本当にあるんですか」
「ああ、あるよ。神格研究会の連中は、それを試練だとか祝福だとか好き勝手なことを言ってるがね。あれはそんなご大層なもんじゃないよ。あれは多分神様の気まぐれ、良く言ってちょっとした善意、悪く言えばちょっかいだね、きっと」
タリアはそう答えてマリコの顔を見た。わずかに細められた目が面白いものを見るような光を湛えている。
(神格研究会とかまた知らない言葉が出てきた。教会みたいなものだろうか。それにしてもえらくはっきり言い切るなあ、タリアさん)
「不思議そうな顔をしてるねえ」
「えっ!?」
顔に出ていたらしい。マリコは思わず両手で頬を押さえた。
(またか。どうもさっきから時々、思ったことがそのまま顔に出てるみたいだなあ。今さらどうしたっていうんだろう)
感情や思惑を隠すというか、全てを表には出さない、というのはほとんどの人がごく普通にやっていることである。一々感情的になっていたのでは円滑な社会生活など過ごせるはずもない。
それなりの年月を生きてきて、当然マリコもそういったことを、意識するしないにかかわらずこれまで普通にやってきた。それが、今になってなぜかできていないらしいということに、マリコは困惑した。
「まあいいさね。仏頂面で何考えてんだか分からん奴より、顔に出る奴の方が信用できるってもんだよ」
「はあ、そういうものですか」
タリアはそう言って、微妙な表情のマリコにニッと少々人の悪い笑顔を見せた。
「で、なんで私がこんなことを、よく知ってるみたいに言うのかって思ってんだろ、あんたは」
「あ、はい」
顔に出ていると言われているのに、今さら誤魔化しても意味がない。マリコは素直に頷いた。
「簡単な事さね。会ったんだよ、昔。私も。火の女神様にね」
タリアは一言一言区切りながら、マリコに言い聞かせるように言った。
「火の、女神様?」
「そうだよ。聞いた事はないかい?」
「……」
マリコは逆に聞かれて答えに詰まった。よほどマイナーな神様ででもない限り、この世界の人間がこの世界の神様を聞いた事もないと言うのはおかしいように思える。逆に知っていると答えて、次にその神様について聞かれたらそこで結局詰まる。
「ふん。あんたはよっぽど遠い所から、もしかすると空の果てよりも遠い所から連れてこられたんだね」
「!」
黙りこんだマリコをしばらく見た後、タリアは一つ頷いて言った。
「どうしてそう思うのか、伺ってもいいですか」
「だから、そんなに構えなくても大丈夫だよ」
タリアは笑ってまた手をヒラヒラと振ってみせた。
「なに、そんなに難しいことでもないさ。あんたはいろいろ思い出せないって言ってたけど、その割には至極落ち着いてる。あんたくらいの若い娘なら、普通はもっとあわてるとか、ひどけりゃ取り乱してもおかしくないってのに。それと、何かの話を聞いたときのあんたの顔が気になってね。不思議そうな顔をしてるかと思えば、時々何かに納得してる」
「うっ」
「だから思ったのさ。これは忘れてるんじゃなくて、自分の知ってることと違ってることがあって、そこを確認してるんじゃないかってね」
(うう、そんなに顔に出てるのか)
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
2014/12/25 「019」~「026」を構成変更。