180 女神の間 2
マリコは目の前に立つ見知らぬ少女の、やや細まった縦長の瞳と見つめ合った。相手の方が背が低い分少し見下ろすような角度になる。同じ猫耳故というわけでもないだろうが、もし姉妹だと言われたらそのまま信じるだろうと思えるくらい、その顔立ちはミランダとよく似ていた。
(小柄で、銀髪で、金色の瞳で、猫耳……、あ)
この特徴には覚えがある。少女を見つめるマリコの脳裏にそう閃くものがあった。タリアに読ませてもらったこの世界の神話。そこに出てきた神々の中に、こういう姿の方がいたのではなかったか。
「ええと、もしや月の女神様でしょうか?」
「え!?」
マリコが首をかしげてそう問いかけると、銀髪猫耳少女は声を上げて自分の身体を見下ろした。腰をひねってその後ろから生えているものを確認した後、自分の頭に手をやって耳に触る。
「あー、……えいっ!」
少女は困ったような声を出して視線を泳がせた後、掛け声と共にパチリと指を鳴らした。再び虹色の光が渦を巻いて少女を覆い隠す。そして、先ほどよりほんの少しだけ長く渦巻いていた光が消え去ると、そこには見覚えのある姿があった。
足元まで届くクセのないまっすぐな銀髪に金色の瞳。雪のように白い肌と細く長い手足。重力の影響を受ける事なく突き出された巨大な胸と見事にくびれたウエスト。その見事な肢体に絹のような白い布をまとった姿は、マリコがゲームの中で何度も見たものである。
「この世界を楽しめておるかの?」
やはりミランダに似たその顔に微笑みを浮かべ、わずかに首を傾ける。その細い首に巻きついた、白い細身のチョーカーの正面に付けられた石がキラリと光った。
「……」
「……」
今度は同じくらいの高さになった視線が無言のままぶつかり合う。数秒の時が流れ、先に沈黙を破ったのはマリコではなく相手の方だった。
「はあ、まあよいわ。どうせおぬしがここに来たら教えるつもりじゃったからの」
ため息をついてそう言うと肩の力を抜いた。マリコのEどころではない巨大な胸が肩の動きに合わせてわずかに揺れる。
「ええと、ハーウェイ様、ですよね?」
「いかにもわしがハーウェイじゃ」
「では、さっきの姿は一体何ですか」
「ん? ああ。風と月の女神もやっておるからの。おぬしが見た通りじゃ」
「はあ」
見た通りと言われても、事情が分からないマリコには曖昧な返事しかできない。
「まあ、今の所はそういうものじゃと思っておればよい。ここでのわしは風と月の女神ということじゃ。分かったかの?」
「えー、まあ一応」
「ふむ。ではそういうことで……、じゃな」
女神はそう言うとまた指をパチリと鳴らした。すると、マリコにとって最早見慣れつつある虹色の渦が女神を包み、それが消えた後には銀髪猫耳少女、いや銀髪猫耳女神様の姿に戻っていた。
「ハーウェイ様の姿ではいけないんですか?」
「さっきも言ったじゃろう。ここでのわしは風と月の女神じゃ。それにあの姿じゃと……」
マリコの問いに答えかけた女神は途中で言葉を切ると、少し考える様子を見せた。
「余分に力を使うから疲れるのじゃ」
「疲れる? 神様が何に疲れるって言うんですか」
「……胸じゃ」
「は?」
「おぬし、先ほどまでのわしの胸をどう思う?」
「ええと、大きい、ですよね」
マリコはハーウェイのスタイルを思い出す。おそらくカップで言うとHとかIとかJとか、そんなサイズのモノが張り出しているのである。一言で言えば圧巻だった。
「そうじゃ、人並み以上に大きい。その大きな胸が垂れもせずに前に向かって突き出しているのを、おぬしはおかしいと思わなんだか? 重さとて相当あるのじゃぞ」
「あー、言われてみればそうですね。どうなってるんでしょう」
ある程度以上の大きさになれば、胸は重力に引かれて下がる。ブラジャーで支えていないのであれば余計にである。その事自体はマリコも自身の経験で知っていた。しかし、ハーウェイの服装はとてもブラを着けているようには見えない。もしかするとパンツの方も怪しいものである。
「あれはの、常に力を使って浮かせておるのじゃ」
「はあ!?」
予想の斜め上を行く答えに、マリコは思わず素っ頓狂な声を上げた。ただ、確かにあの大きさの物を浮かせ続けていたらそりゃあ疲れるだろう、という気もする。
「それにの」
「まだあるんですか!」
「うつ伏せに寝転がれんのじゃ」
「……なるほど」
これもマリコには覚えがあった。うつ伏せになる場合、腕枕をするなりなんなりしないと自分の重みで胸が押し潰されそうになるのだ。ハーウェイのサイズではとてもではないが腕枕では足りないだろう。
比べて、今の月の女神モードの身体はスレンダーである。マリコの目には中学生くらいに見える体型で、胸はミランダよりさらに控え目だった。確かにそういう苦労とは無縁そうだなとマリコは少々失礼な事を考える。
「もちろんそれだけが理由ではないがの、おほん」
女神はそう言うと、この話題は終わりとでも言うように咳払いをした。
「まあ、わしの事はよかろう。それよりおぬしの事じゃ。もっと早くに来るかと思っておったのじゃが、随分と遅かったではないか」
「あっ」
マリコはようやく、自分がここにやって来た理由を思い出した。
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