177 怪我と生命と 14
カリーネの顔色が普段通りになったところでマリコは魔力譲渡を打ち切った。マリコの感触だとおそらく全体の四分の一程度までは回復したように思われる。続いてサンドラにも魔力譲渡を行っていく。また悲鳴を上げられても敵わないので今回は普通にである。
「ありがとう、マリコさん。楽になりました」
「どういたしまして。ええと、次は」
サンドラに軽く手を振って応え、マリコはトルステンに向き直った。カリーネたちほどギリギリではないものの、トルステンとミカエラもかなり消耗しているはずだと聞いたからである。意識の無い相手に魔力譲渡が使えるのかどうかが分からなかったが、試してみると普通に魔力を譲ることができた。そのまま続けてミカエラにも同じように魔力を注ぐ。
「マリコさん、そんなに譲ってもらって大丈夫なの?」
次々と魔力譲渡を使うマリコに、さすがに心配そうな顔をしてカリーネが言う。
「ええ、まだ大丈夫です。さすがに完全に回復させるのは無理ですけど」
「そう? ならいいんだけど」
魔力を譲る際にマリコが感じたカリーネたちのいわゆる最大魔力量は案外高かった。魔法がメインスキルなのだろうと思えるカリーネとサンドラの二人分を合わせるとマリコのそれを越えるだろう。トルステンとミカエラにしても、それぞれマリコの半分近くある。バルトもそのくらいはあるのだろうと思われた。
「さて、後はバルトさんですね」
「え?」
「ああ、体力が戻ってなかったので、治癒が途中なんですよ」
マリコはそう言うと腰を上げ、少し離れた所に寝転がっているバルトを指差した。そちらに残ったアドレー組の一人がバルトの側に立ち、他の四人が何やら倒れたボスオオカミの周りをうろうろと動き回っているのが見える。
「ええと、じゃあ……」
カリーネはそう言って自分も立ち上がると、横たわったミカエラの傍らに座るサンドラを見た。
「ミカちゃんとトーさんはボクが見てるから。カーさんは行ってきて」
「ええ、お願いね。二人が目を覚ましたら一緒に後から来て。さ、マリコさん、行きましょう」
「いいんですか?」
「もう問題なく動けるし、目と鼻の先じゃない。大丈夫よ」
「それもそうですね」
離れているといっても百メートルもない。何かあってもすぐに駆けつけられるだろう。マリコは納得するとカリーネと二人でバルトの方へと向かった。
◇
「あっ、マリコ様」
「様はやめてくださいというのに」
二人が近付くと、すぐにバルトの側にいたシャム猫頭のイゴールが気付いて声を掛けてくる。その声に、横になって眠っているように見えていたバルトが目を開けた。そのまま手を突いて上体を起こすとマリコを見上げる。
「マリコ、さん……、トルたちは?」
「マリコさんが治してくれたから大丈夫よ。トーさんもミカちゃんも、じきに目を覚ますわ」
「……そうか。ありがとう」
マリコが口を開く前にカリーネが要点だけを伝え、バルトはマリコに頭を下げた。
「いえ。そういうわけですから後はバルトさんだけなんです。行きますよ」
そう言ってバルトの側に座り込んだマリコが治癒だ魔力譲渡だとやっていると、アドレーたちが集まってきた。マリコのしていることを見ておおと感心していたが、どうやら治療が終わるのを待っていたらしく、マリコがバルトから手を離す――つまり魔力譲渡が終わる――と、アドレーが手拭いに包まれた何かを恭しく差し出してきた。
「これは? 何ですか?」
「この大きなオオカミの周りに落ちていた物です、マリコ様」
頭の上に疑問符を浮かべながらも、マリコはそれを受け取った。何か固い物が何個も入っているようで、大きさの割りにズシッと重さを感じるその包みをそっと開く。
「え? これは……」
そこには乾電池そっくりの形のガラスの様に透き通った物が、大小合わせて十個ほど入っていた。
「魔晶……」
「はい」
今自分の手の中にある物が魔晶であることはマリコにも理解できる。しかし、何故それが落ちていたのか、どうして自分に手渡されるのかがマリコには分からなかった。
「ドロップアイテムなのね」
「そのとおり、この辺りでドロップアイテムと呼ばれているものです」
頭をひねるマリコに、傍らにいたカリーネから援護射撃が飛び、アドレーが頷いた。
「ドロップアイテム?」
「ああ、マリコさんは……。ええとね」
なおも疑問符の消えないマリコを見てカリーネはマリコの記憶喪失の件を思い出し、動物にもアイテムボックスらしき物を使うものがいることや、それが倒されると中身が周囲に零れ落ちることなどを説明していった。
「……で、あのオオカミが落とした物がこれ、ということなの」
「一応分かりましたけど、じゃあどうしてオオカミが魔晶なんかを持ってるんですか?」
「どうして拾って持っているのかはよく分からないんだけど、自分が食べた相手の物なんだって言われてるわ。肉食の動物からは同じように時々魔晶が出るのよ」
「そういうことですか」
「それでね、原則として、獲物はドロップアイテムを含めて倒した人の物なの。だからそれはマリコさんの物っていうこと」
「え? いえ、別に私一人で倒したわけでは……」
「あるだろう。こいつに関しては、俺たちがやったことはほとんど役に立ってないんだから」
マリコの言葉をバルトが途中で遮った。
「いや、でも」
「実際、マリコ、さんがいなかったら危なかったんだ。それはマリコさんの物でいいと思う」
「そうね」
「はあ」
探検者のというか狩りの流儀を、マリコはまだはっきり知っているわけでもなく、結局二人掛りで押し切られたのだった。
「多分それで全部だと思いますけど、まだ見つかるようならお渡しします」
責任は果たした、という雰囲気でアドレーが言う。
「あ、マリコ様。このオオカミ自体も当然マリコ様の物ということになりますので、お忘れになりませんよう」
「はあ!?」
こうして、十個ほどの魔晶とボスオオカミ一頭はマリコの物ということになった。
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