176 怪我と生命と 13
(っと、そんな事より)
トルステンの腕である。ミランダたちを見送ったマリコは横たわるトルステンたちの側に戻った。今この場に残っているのはバルト組の四人とタリアだけである。懸案だった体力も体力回復の効果が出ているようで、マリコが見る限りトルステンの顔色はかなり良くなっていた。
「治せそうかい?」
「ええ、それは多分大丈夫です」
聞いてきたタリアにマリコはそう答えた。ゲーム通りであれば、スキルレベル二十のマリコの修復が失敗する可能性はかなり低い。仮に一度目が失敗だったとしても、再挑戦ができる以上何度も続けて失敗するようなことは確率的にまずあり得ないだろう。
「ただ……」
「ただ、何だい?」
「ええ、修復を使う時に……」
マリコは少し声を落とし、タリアに先ほど考えた疑問、つまり切り離された手足がそこにある場合のことを話した。タリアは一瞬驚いた顔をした後、納得したような表情になって頷いた。マリコが「この世界の修復」が普通はどういうものなのかということを知らないのだと思い出したのである。
「私が知る限りじゃ、修復はちぎれた手や足をくっつける魔法だって思われてるね。もちろん、本当は無くなってても大丈夫らしいんだけど、ある方が治る率が高くなるって聞いたことがあるさね。こう言えば分かるかい?」
「ああ、なるほど。分かりました」
ゲームとは逆なのだと、マリコは思い至った。今回のオオカミのように相手がいる場合を除けば、事故などで切り離された手足は何らかの形で残っている方が普通なのだ。少なくとも、理由もなくゲームのように消えてなくなったりはしない。それを繋ぎなおし、失われた部分を補完して文字通り修復するのが現実での修復ということなのだろう。
納得したマリコはカリーネに目を向ける。マリコの記憶喪失設定を知っているからか、カリーネはタリアとマリコのやり取りに対して特に疑問を口にすることもなく、一度頷くと大事そうに抱えていた腕を横たわるトルステンの脇に据えた。血塗れだったはずのその腕はいつの間にかきれいに拭われ、破れた服の袖も取り払われてお守りが手首に巻きついているだけである。
先ほどマリコたちが戻った時、カリーネとサンドラは一緒に戻って来たトルステンの盾と腕を見て悲しそうな表情はしたもののさほど驚いた様子はなく、黙ってそれを受け取った。それも不思議なことではなく、二人はトルステンが腕を失うところを間近で見ていたはずなのである。当然ながら腕の行方も知っていたのだろう。
ともあれ、準備は整った。マリコはトルステンの肩と腕に目を向ける。無残にも噛み千切られたそこは二の腕の部分が無い。バルトの時とは違って、マリコはその空隙を見つめたまま魔法を発動させる。
「修復」
実際にはほんの瞬きするほどの間の出来事だった。マリコが見守る中、トルステンの肩から細い筋繊維や骨や皮が、あっという間に次々と伸びて腕と繋がる。始めは細かったそれらもすぐに太く膨れ上がって元の姿を取り戻した。それと同時に、指先がピクリと動く。サンドラがあっと声を上げ、カリーネが安心したようにほうとため息を吐いた。マリコも釣られて止めていた息を吐き出す。タリアは黙ってそれを見つめていた。
◇
「じゃあ、次はカリーネさん、手を出してください」
「え!?」
ミカエラと二人で散々マリコに礼を述べた後、眠るトルステンの隣に腰を下ろしてその腕を愛しそうに撫でていたカリーネは、マリコの声に顔を上げて首を傾げた。
「私はもうどこも悪くないわよ?」
「はい、でも魔力は残り少ないままじゃありませんか?」
「それは、確かにそうだけど」
若干回復しているとは言え、今の状態では水や灯りはともかく、魔法を使って戦うには心許ない。それはカリーネ自身にも分かっていることだった。
「ですから、少し魔力をお分けしておきたいと思いまして」
「え、でもそれじゃマリコさんが」
「私はまだ大丈夫ですから。それに全快するほどはさすがに無理だと思いますから、本当に少しだけですよ」
レベルアップのおかげでマリコの魔力は一旦全快している。その後いくらか使ってはいるがそれでもまだ八割以上を残していた。もちろん数字で分かるわけではないのでマリコの体感ではあるが、さすがに自分の身体のことなので大体は把握できる。この後何かが起きるとも思えないが、カリーネやサンドラがある程度魔法を使える状態にしておくことには意味があるとマリコには思えたのである。
「それに、あの大きいやつはともかく、灰色オオカミがまだどこかに残っていたら困るでしょう? 寝ているお二人をどうするんですか」
「あ、いえ、そうね。その通りだわ。むしろ、こちらからお願いするべきね」
トルステンを引き合いに出されるとカリーネも納得したようでマリコに右手を差し出してくる。マリコはその手をそっと取った。
「では、行きます。魔力譲渡」
「う、んっ」
魔力譲渡は文字通り、接触した相手に魔力を譲るスキルである。マリコからカリーネに魔力が流れ始め、その感触が何かに似ていることにマリコは気が付いた。
(これは……、あ、魔晶の魔力補給か)
相手の魔力による圧力のような感覚を押し返しながら自分の魔力を流し込んでいくところはそっくりだった。あちらの場合、無理にならない程度にこちらからの圧力を上げてやれば魔晶への魔力補給は早く終わったはずである。
(じゃあ、あれと同じようにやれば……)
マリコは試しに少し圧力を上げてみた。
「えっ何!? いきなり……んんっ、は、入ってくる……。ああっ、強い!」
「わっ」
始めた途端にカリーネの口から悲鳴のような声が上がり、マリコはあわてて掛ける力を元に戻した。
「はっ、はっ、マリコさん、今のは一体?」
「すみません、速くできるかと思って力を込め過ぎたみたいです」
「はっ、はっ、あ、ああ、そうだったの……」
「やっぱり、無理にやろうとしちゃいけませんね」
「そ、そうね……」
カリーネの返事に何となく残念そうな気配を感じるような気がするマリコだった。
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