175 怪我と生命と 12
ややグロテスクな描写あり。ご注意ください。
「では急いでトルステンさんの所へ……」
「待たれよ、マリコ殿」
バルトと倒されたボスオオカミはアドレーの組に託された。次いで移動しようとしたマリコをミランダが呼び止める。
「その姿のまま赴かれるとまた驚かれることになろう。せめてこのくらいは……、浄化!」
「あっ」
振り向いたマリコにミランダは魔法を放つ。すぐに効果は表れ、裂け目や破れ目こそそのままだが、マリコは少なくとも色合いだけは元の姿を取り戻した。
「ありがとうございます」
先ほどミランダたちに驚かれたところだというのに、マリコは浄化を使うことを思いつけなかった。ボスオオカミとの戦いにバルトやトルステンたちの怪我、そして今も視界の隅で点滅する選択肢と衝撃的なことや気になることが多すぎるのである。我ながら気が回ってないなと、マリコはミランダに礼を言った後、一度大きく息を吐いた。
◇
「うん? あれはトルステン殿の盾か」
マリコ、ミランダ、タリアにエリーとジュリアを加えた五人がトルステンたちのいる方へと向かう途中、彼らが待つ丘の下を指してミランダが言った。マリコがそちらに目を向けると、先ほど見かけた時には地面に立っていたはずのそれが今は伏せたように倒れているのが見えた。
「ん。取ってくる」
ミランダの声に応えて、エリーが一行から離れてそちらへと向かって行く。手合せの時にマリコも見たトルステンの盾は、木の本体に鉄板や革で補強を施した縦長の長方形である。畳一枚より二回りほど小さいそれは、大きさと言いややカーブのついた形と言い、形は現代日本で機動隊などが使っていたジュラルミン製の盾に似ている。
違うところはと言うとトルステンの盾にはその下の端にスパイクが取り付けられていることで、これを地面に突き立てて相手の突進を受け止めるのだとマリコはトルステンから聞いた。さっきまではそのスパイクのおかげで立っていたのが、放牧地の地面が柔らかいせいで倒れたのだろう。
「ん!?」
じきに盾のところに着いたエリーはそれをめくるように持ち上げ、その裏側に目をやって息を呑んだ。一度目を閉じた後、今度は裏側が上になるように抱え直すと、急いでマリコたちに追いついてくる。
「マリコさん、これ……」
「えっ」
「むっ」
「ひっ!?」
エリーが持ってきた物を見て、マリコたちも同じように息を呑んだ。タリアは無言で一度目を閉じ、ジュリアの口からは短い悲鳴が上がる。トルステンの左腕。その肘から先が、食いちぎられてなお盾の持ち手を握りしめていた。
「急ぎましょう」
部分喪失や修復の際に、失ったはずの部分がどうなるのかをマリコは知らない。ゲームにおいての部分喪失は文字通り「その部分が失われた」ということになるだけで、ちぎれた手足が後に残ったりすることはなかったからである。
また、修復も治癒と同じように受ける側は体力を使う。部分喪失という大怪我でもあるので、普通の怪我より減る体力はずっと多い。腕や脚をまるまる一本再生するのだから当然と言えば当然であろう。
しかし、と先を急ぎながらマリコは考える。
修復を使う時に、失われたはずの「パーツ」がそこにあったらどうなるのだろうか。もちろん、損傷の度合いなどにもよるだろうとは思うが、「まだ使える」状態なのであれば現実での縫合手術のようにくっつくのではないか。全部を再生せずに済む分体力の減りも少ないのではないだろうか。幸い、というのもおかしな話ではあるが、トルステンが腕をやられてからまだそんなに時間は経っていないはずなのだ。
「ああ、皆さん」
やがて、トルステンたち四人とサルマンの組の許へと近付いたマリコたちにカリーネが気付いた。大した時間が経ったわけではないが少しは魔力も回復したらしく、サンドラ共々先ほどマリコと分かれた時よりはややしっかりしている。
「トルステンさんとミカエラさんは大丈夫ですか」
「大丈夫よ。眠ってるわ」
マリコの問いに答え、カリーネは横たわる二人の方に顔を向けた。トルステンとミカエラは気を失ったままだったが、見た限りもう傷は残っていない。トルステンの腕も、失われた状態のまま「傷が」治っているように見える。
「それよりマリコさん、あなたこそ大丈夫なの?」
「ボクも、見ていてもうダメかと……」
カリーネに問われ、涙声になって手で顔を覆ってしまったサンドラを見て、マリコはあっと思った。考えてみるまでもなく、この二人はバルトの次に近い位置からマリコの戦いを見ていたはずなのである。気にならないわけがなかった。
「私はこの通り、平気ですから。それより」
さらに言い募ろうとする二人をやや強引に押し留めると、マリコはトルステンとミカエラに近付いて膝を折った。二人に手を触れると体力回復を使う。
「さあ、お二人も」
カリーネを促して座らせると、彼女とサンドラにも体力回復を掛けた。バルトほど深刻ではないものの、この二人もかなり消耗しているはずなのだ。トルステンとミカエラについては言うまでもない。
一方、タリアとミランダは先にこちらに来ていたサルマンたちに話を聞いていた。彼らがカリーネたちから聞いた今までの経緯を知ると、タリアは次々と指示を出した。オオカミたちが侵入する時に壊したという柵も放っておくわけにはいかない。
「サルマン、あんたたちはとりあえず、その壊れた柵の辺りの確認と見張りを頼んだよ。応急でもなんでも、修理しとかないと困るからね。ジュリアは一旦宿に戻ってくれるかい? サニアに柵の修理と放牧場の後始末の準備をするように伝えとくれ。いつでも出られるようにね」
「分かったよ、母さん」
「分かりました!」
「エリー、我々はサルマン殿たちと一緒に行く。修理の規模と状況を把握し次第、改めてタリア様の指示を仰ぐ」
「ん」
サルマンたちが動き始め、ミランダはマリコを振り返る。
「では、マリコ殿。カリーネ殿たちを頼んだ」
「はい」
「それから、ええと……。その辺りのことが終わったら、マリコ殿も宿に戻られよ」
「え?」
ミランダの言葉にマリコはきょとんとしてミランダを見返した。
「マリコ殿ご自身の身体のことももちろんだが、あー、着替えられた方がよろしかろう」
ミランダは言いにくそうに頬を掻きながらそう言った。マリコはさっきここまで歩いてきた時のことを思い出す。スリットができてしまったスカートからは、一歩踏み出すごとに膝小僧が飛び出していたのだ。露出度は大したことはないが、少々倒錯的なのかも知れないなとマリコは思った。
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