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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
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158 麦刈り 2

 黄色く実り正に小麦色となった穂を付けた小麦が、手持ち鎌(シックル)を手にした者に次々と刈り取られていく。刈り取られた小麦は別の者に手渡されて束ねられ、空いたところに立てられた稲架(はさ)に掛けられる。これは脱穀する前にさらに乾燥させるためである。


 逆さまにぶら下がる藁束を見たマリコは、懐かしさにテーブルを拭く手を止めて目を細めた。今の日本では刈入れも乾燥も大抵機械でやってしまうので稲架(はさ)に干された藁束もあまり見かけなくなってしまったが、マリコが子供の頃にはよく目にした光景である。


 宿の畑には男女を問わず里に住む者の大部分が集まっていた。子供たちも大きい子は大人に混じって作業を手伝っている。小さい子はというとその周りを駆け回っていたり、大人たちの傍で何をやっているのか見ていたりといろいろである。叱られるのが分かっているのか、邪魔になるようなことをする子がいないのがさすがだなあとマリコは思った。


 ミランダが深緑のメイド服のまま鎌を手にして刈入れに加わっている姿も見える。結構なスピードで次々と刈り取っては後ろに手渡していく。そのミランダの後ろに付き従って作業しているのは当然のようにアドレーたち猫耳五人組である。


(何のかの言っても本気で仲が悪いわけではないんだよなあ)


 今日から始まったこの刈入れの期間中、食堂が開いている時間は大幅に長くなる。単純に食べに来る人数が増えるので一気に来られても困るということもあるが、途中で休憩がてら一杯引っ掛けに来る者も多いからである。そのため、宿屋の建物の外にもオープンテラスのような臨時の座席が設けられるのだが、マリコたちが今やっているのはその準備なのだった。


「なんだか、ちょっとしたお祭り騒ぎですねえ」


「まあ実際、宿屋(うち)の畑の刈入れは前夜祭みたいなものだからね」


 こちらへ来てから一番の人出を目にしたマリコの漏らしたつぶやきにサニアが答えた。この騒ぎは里中の刈入れが終わるまで続き、最後の夜には宿から酒や食べ物も振舞われて、収穫祭とまではいかないものの里を上げての打ち上げ、つまりちょっとした宴会になるのだと言う。宿の畑の刈入れはその取り掛りということで、祭りの幕開けに里の皆も気合いが入っているのだった。


「収穫祭、ですか」


「本物の収穫祭は秋に稲刈りが終わった後にあるわよ。そっちは本当にお祭りになるけどね」


「え、じゃあ麦刈りが終わったら……」


「ええ、全部じゃないけど、しばらくしたら畑に水を入れて今度は田んぼになるわ。その時にはまた忙しくなるわね」


 稲刈りという言葉に引っ掛かって聞いたマリコにサニアは頷いて答えた。ごはんもパンもあるという状態からマリコも半ば予想していたことではあったが、ここでは二毛作が行われているのである。


(ということは、代かきやら田植えやらも手作業か。それも大変そう、いや、皆と一緒にこういう雰囲気でやるならそうでもないのかもしれない)


 目の前に広がる西洋の油絵に描かれたような景色に、マリコは現代が機械化効率化によって失いつつあるものを見たような気がした。


「一杯もらえるかね」


「え? はい」


 畑を眺めていたマリコに声が掛かった。見ると、席ができるのを待ちかねていたのだろう、額に浮いた玉の汗を拭っている中年の男性が立っていた。マリコが後ろを振り返ると、サニアが手回しよく注いだジョッキを渡してくれる。ビール樽など飲み物類はこの野外席用に持ち出されているのだ。


「ありがとう。んぐっ、んぐっ……」


 マリコにジョッキを手渡された男は、礼を述べるとイスにも座らずジョッキをあおり、そのまま一気に飲み干すとタンと音を立ててテーブルに置いた。


「はあぁ、生き返った、ご馳走さん。おし、行くか」


 本当に生き返ったかのような笑顔を見せた後、男はくるりと背を向けて畑へと戻っていく。男の肩から背中にかけては頭から水を被ったのかと思えるほどの汗で、色が変わったシャツがべったりと貼りついていた。


 その背中を見送りながら、やはり機械や便利な道具がある方が楽できて良さそうだと思う反面、ビールはこっちの方がうまそうだとも思うマリコだった。


 ◇


「おお、トルステン殿。戻られたか」


 食堂から聞こえてきたミランダの声に、厨房で包丁を使っていたマリコは顔を上げた。どうやらバルトの(パーティー)が街から帰ってきたらしい。ミランダに応えるトルステンの声に続いて女性陣の声も聞こえてくる。


 外の席の準備が終わった後、そちらはシーナやジュリアを始めとした何人かに任せ、サニアやマリコたちは屋内へと戻ってきていた。いつものより早めに始まる予定のランチタイムの準備のためで、マリコは当然その腕を期待されて厨房に送り込まれている。


「マリコ殿、バルト殿たちが戻られたぞ」


 探検から戻ったわけではないのでタリアへの報告の必要がないからだろう。ミランダは振り返ると、カウンターの奥にいるマリコの方へ顔を向ける。料理の最中ということもあって、出て行っていいものかどうかマリコは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。


「挨拶くらい、行ってきていいわよ」


「いえ、でも」


 一緒に厨房にいたサニアは勧めてくれたが、マリコはなお迷った。トルステンやカリーネたちはともかく、バルトを出迎えるということに何となくよく分からない抵抗を感じるのである。


「マリコさーん。バルトの奴が、研ぎあがった剣を見たくないかって」


「おいっ、トル!」


「じゃあ、サニアさん。お言葉に甘えてちょっと行ってきます」


 のんびりしたトルステンの声に、マリコは一も二もなく厨房から出た。

釣られるマリコさん(笑)。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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