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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
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157 麦刈り 1

 朝食時の喧騒の最中、ガラガラピシャンと勢いよく引き戸を開く音が響いた。カウンターの中にいたマリコを始め、何人かが顔を上げて何事かとそちらに顔を向ける。ちょうど下げた食器の載ったトレイをマリコに渡したところだったミランダは、その音にピクリと耳を動かした後、ふうとため息を一つついて戸口の方へ向き直った。


 宿屋の入り口にはアドレーが立っていた。すぐにミランダを見つけるとオールバックの髪を一度サッとかき上げ、笑みを浮かべてそのままスタスタと近づいてくる。当然(パーティー)の四人も一緒で、アドレーの後ろでイゴールが申し訳なさそうに頭を下げていた。


「ミランダ姫様、マリコ様、只今戻りました!」


「「「「姫様、マリコ様、只今戻りました」」」」


 右手を胸に大仰なポーズを決めるアドレーに他の四人が唱和する。ミランダがアドレーを心底嫌っているわけではないと感じているマリコとしては、何となく微笑ましい気分で成り行きを見守っていたのだが、五人の挨拶が自分にも向けられていたことで他人事ではなくなった。


「おかえり。貴殿らちょうどいいところに戻ってきたな」


「っと、おかえりなさい、皆さん」


 固まりかけたマリコだったが、ミランダが普通に話し始めたのであわてて挨拶の言葉を口にした。


「ちょうどいいというのが今日から刈入れという意味であれば、我ら出立前にサニア殿から予定を聞き及んでおりました故。及ばずながら助太刀を考えるのは当然の事」


「それは殊勝な心掛けだな」


 微妙な緊迫感を伴った会話を続ける二人を横目に、後の四人はカウンターに――つまりマリコの方へ――近付いてきた。


「お騒がせして申し訳ありません。もったいぶったことを言ってますが、要は早く姫様に会いたかっただけなんですよ」


 イゴールが肩をすくめながら小声で言う。


「おかげで、今朝は夜明け前に叩き起こされました」


「眠い……」


「お腹も空きました」


 順にウーゴ、エゴン、オベドである。どうやら朝食も摂らずに向こうの宿を出発してきたらしい。


「お前ら、聞こえてるぞ!」


 アドレーが顔を赤くして文句を言ってくる。ミランダはというと何と言えばいいのか分からないようでちょっと困った表情を浮かべている。マリコは吹き出すのをこらえながら五人分のオーダーを通した。


 ◇


 朝食の時間帯が終わり、片づけをしていたマリコはきりのいいところでサニアに声を掛けた。


「じゃあ、一度部屋に戻って着替えてきます」


「え? マリコさん、ちょっと待って! どうするつもりなの?」


「ええ、麦刈りの手伝いに行く予定なんですが……」


 タリアとの話で、とりあえずマリコには宿屋(ここ)での仕事を一通りは経験させておこうということになっており、麦刈りも当然その一つだった。


 今日からしばらく里中で麦刈りが行われる。当然ながら、稲刈り機があるわけでもないので手持ち鎌(シックル)を使って人力で刈るのである。だが、一軒一軒が個々にやっていたのではあまり効率的ではないので、数軒ごとに組を作って行う。


 同じ組に属する家の畑の麦を数日ずつ時期をずらして種蒔きをすることで、刈入れ時にも少しずれが生じるようにする。そうすることで、刈り頃になった畑に全部の家の者が集まって一気に刈り取る、ということを順番に繰り返すことができるのである。


 ただし、宿の畑はこの組を作らない。ここの畑は一番に蒔いてあり、刈る時にも里中の者が集まって一番に刈るのである。これは宿屋が皆の家であったことの名残でもあるのだが、同時にその後の里中の刈入れ期間中に食堂としての機能を低下させない――他の事に手を掛けさせない――ためでもある。


 つまり、今日刈るのは宿の畑であり、マリコはそこに参加するはずだったのである。さすがに農作業にメイド服は向かないので、マリコはジーンズに着替えようとしていたのだった。


「確かにその予定だったはずだけど、マリコさん、あなた今身体の方が普通じゃないでしょう? 無理しなくていいのよ」


「あ、ええと……大丈夫だとは思うんですが」


 状態回復リカバーコンディションのおかげで今は特に問題は無い。ただし、状態回復リカバーコンディションは体質そのものを改善するわけではないので、そのうちまた症状が出る可能性はあった。マリコとしては、その時掛け直せばいいだろうと思っていたのである。


「それにね。私も今年はやめろって言われてるんだけど、麦刈りはずっとしゃがみっぱなしになるでしょう?」


 サニアはそう言うと自分のお腹にそっと手をやった。まださほど目だってはいないが、そこには新たな命が宿っているはずである。確かにずっとしゃがんでいるのはお腹が圧迫されて危なそうだとマリコにも思える。


「まあ、そうですね」


「で、あなたとミランダの話を聞いた限りだと、絶対とまでは言わないけどずっとしゃがんでると多分……漏れるわよ」


「え」


 何がとは聞くまでもない。当ててある物も絶対大丈夫ということはないだろうし、腹部を押さえるということはそれだけ搾り出される量も増えるのかもしれない。今朝のあの焦りを思い出してマリコの額にじわりと汗が浮かぶ。里の人が集まっている中でそんな目に遭うのはさすがにマリコもご免である。


「人手が足りないわけじゃないし、何をどうしてるかは時々見に行けばいいわ。マリコさんならむしろ食堂(こっち)にいてくれる方が皆も喜ぶと思うんだけど」


「……お言葉に甘えさせていただきます」


 マリコはサニアの見学提案を受け入れることにした。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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