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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
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152 裏方のお仕事 8

「ええと、差引き……七十九(ゴールド)十八(シルバー)五十(コッパー)、と。よし、これは終わり」


 帳面の一つに数字を書き込み終えると、一旦ペンを置いてマリコは顔を上げた。執務机に着いたタリアは先ほどまでは手紙を書いていたようだったが、今は別の帳面を開いている。食器の載ったトレイが、空になって机の端に押しやられているのに気付いたマリコは席を立った。少々行儀悪く、タリアは作業を続けながら食べていたのだ。ふと気付いてお茶を淹れるためのポットを持ち上げてみると、これもほとんど空になっている。


「食器を返して、ついでにお湯をもらってきます」


「ん? ああ、ありがとう。頼んだよ」


 マリコはお茶セットのワゴンに食事のトレイも一緒に載せて厨房に向かった。昼食の時間も終わって今度は夕食の準備に取り掛かる時間帯である。食器類を戻すついでに洗い物をちょっと手伝った後、ポットにお湯を入れてもらって厨房を出た。


 執務室の手前まで戻ったところで、その執務室の扉が内側から開いた。中から出てきた初老の男はマリコに気付いて軽く会釈すると、そのまま食堂の方へと歩き去って行く。ジーンズにシャツ、腰には短めの剣と普通の格好だったので里の者なのだろうが、マリコはこれまでに会った覚えがない。会釈を返して男を見送った後、マリコは誰だっけと首をひねった。


 謎の男と入れ替わりにワゴンを押して執務室に入ったマリコが男とすれ違ったことをタリアに告げると、男の正体は即座に判明した。


「ああ、あんたは会ったことがなかったかい。今のが飛脚のパットさね」


「え、あれが飛脚さんなんですか」


 飛脚という名前から、走り易そうな軽装――脚絆を巻いていたり――で足の速そうな若い男だろうと何となく思っていたマリコの想像は見事にはずれていた。そのことを口にすると、タリアはそういう飛脚もいると言う。


「転移門のある里からその周りの街や村に手紙を届ける飛脚はそんな感じだね。それでも大抵は馬なんかを使うから、自分の脚で走ったりはしないさね。逆に転移門を使う飛脚は体力より魔力が要るから、どっちかというと若い者向けじゃないんだよ」


 手紙を届ける度に行った先で泊まらなければならないのでは時間的にも費用的にも効率が悪い。そのため多くの場合、一日のうちに目的地まで往復できるだけの魔力を備えた者が転移門を使う飛脚になる。アイテムボックスの容量と同じように、魔力の容量――いわゆる最大魔力値――も年齢や経験によって増えていくことが知られており、こちらは戦いの経験以外に魔法に関する経験や精通度が影響する。


 また、ナザールのような最前線(フロンティア)の場合、転移門を通り抜けた所で野生動物と遭遇する可能性がある。実際、ナザールでも茶色オオカミ(ブラウンウルフ)が里に入り込むことはたまにあるので、飛脚がそれと鉢合わせしないとも限らないのである。滅多に無いことではあるが、飛脚にはそうした事態に対応できるだけの能力も求められる。


 腕っ節と魔力量、ついでに言えば荷物を配達するにあたってのアイテムボックスの容量も兼ね備えるとなると、これはもうただの若造には無理な注文なのだった。では一体誰が飛脚になるのかというと、それは探検者(エクスプローラー)である。


 もちろん現役ではなく、主に年齢による体力の衰えを理由に引退した探検者(エクスプローラー)が飛脚を務めるパターンが最も多い。生活系の魔法以外を全く使わないという探検者(エクスプローラー)はまずいないので、隠居するような年齢であれば大抵は隣の転移門まで往復できるくらいの魔力は持っているし、無理――最前線(フロンティア)からさらに先に分け入るような――は効かないにしても少なくとも普通の人に比べると十分に強い。適任なのである。


 加えて、ナザールの里に来るパットのような「定期便」の場合、大抵は年単位の長期契約を交わして定額の報酬を受け取ることになる。引退後に就ける比較的安全で安定した仕事として、飛脚は一定の人気を得ていた。


「まあ、そんなわけで今後はあんたに受け渡しを頼むこともあるだろうから、今度紹介するよ」


 マリコの持ち帰ったお湯で淹れたお茶を飲みながら飛脚の話をしてくれたタリアは、そう締め括った。


「ところでマリコ、そっちの帳面は終わりかい?」


「はい」


「手紙は出せたし、こっちのもさっき一応終わったもんでね。今日はもういいよありがとう、って言うつもりだったんだけどねえ」


「はあ」


「今しがた、次の用がやって来ちまってね」


 タリアはそう言うと、まだ封の切られていない何通かの封書を摘んでピラピラと振って見せた。先ほど来たパットが運んできたもののようである。


「これはさすがにマリコに手伝ってもらえる(たぐい)のものじゃないんだがね。ただ、おかげでこの後の予定が狂っちまいそうなのさね。で、それを一つあんたに頼みたいと思ってね」


「まあ、私にできることなら」


「なに、大した事じゃないんだよ。農機具を仕舞ってある納屋は分かるかい?」


「ええと、畑の手前に建ってるやつでしょうか?」


 マリコはミランダに案内されて敷地内を見て回った時の事を思い出した。タリアの言う納屋はその時見たものの一つだったはずである。


「そう、それだよ。今そこでカミルが麦刈りの道具の準備をしてるはずなんだけどね、その様子を見てきてもらいたいんだよ」


「カミルさんですか。ええと、見てくるだけでいいんですか?」


「もちろん手伝ってやってくれても構わないさね。ただ、間に合いそうにないようなら早いとこ誰かを回さないといけないからね」


「ああ、それで様子見ですか」


「そういうこったね。一人で十分だとか言ってたんだけどね。その辺り、カミル(あの子)は見積もりが甘いというか妙に見栄を張ろうとするとこがあるんでね」


「分かりました。じゃあ、この足で行けばいいんですね」


 カミルの気持ちも何となく分からないではないなと思いながらマリコは頷いた。


「ああ、助かるよ。本当に手が足りなさそうなら言ってきておくれ。ありがとう」


 ◇


 執務室を後にしたマリコはそのまま建物の外に出ると、畑のある方へと回り込んだ。件の納屋が見えてくるのと同時に、その前に座り込んで何かしている男の姿も目に入った。あの青い頭はカミルに間違いなさそうである。


 マリコが近づいてみると、カミルは目の前に何本も並べた手持ち鎌(シックル)を順番に研いでいるようだった。厨房で使う物とは違う、手で持つタイプの砥石がシャリンシャリンと音を立てている。


 一所懸命に作業をしていてこちらに気付かないカミルに声を掛けようとしたマリコは、納屋の壁に立て掛けられたそれに気が付いた。途中に持ち手が張り出した、マリコの背丈ほどもある柄と、そこから真横に伸びた緩いカーブを描く一メートル近い刃。本物を見るのはマリコも初めてだ。思わず息を呑んで見つめる。


 大鎌(サイズ)がそこにあった。

大鎌(サイズ)って厨二病小説(?)の定番っぽいですよね。

私も大好きです。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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