151 裏方のお仕事 7
最後にポンプにも魔力を補給したところでちょうど昼時になり、マリコはエリーと食堂へ向かった。昨日戻った探検者の組も朝の内に発っており、昼の食堂はマリコが召集されるほどのことはなく、二人は普通に席に着いた。
給仕に来たミランダが今日の昼食の何を切った何を混ぜたと楽しそうに話してくれた。話の内容から察するに、基礎的なところからサニアに鍛え直されているようである。もっとも、今はミランダの方にも料理に対する興味があるので特に苦にもなっていないようだった。宿にとってもミランダ本人にとってもいいことなのだろうとマリコは思った。
「え、まだ籠りっぱなしなんですか」
「ええ、だからマリコさん、これもお願いね」
エリーとはお昼を食べたところで別れ、マリコはサニアに頼まれたタリアの分の昼食を持って執務室へと向かう。中に入るとタリアはひたすら何かを書いているようだった。執務机の上に散った書類。横に積み上げられた帳面。脇に置かれたワゴンの上に並んだ空のカップ。〆切日の漫画家か入稿日の同人作家もかくやという有様である。
「ああ、来てくれたね。それは……ここに置いとくれ」
マリコの顔を見て少しほっとしたような顔を見せたタリアは、マリコが持ったトレイに気付くと机の上の書類をかき分けてスペースを作った。
「で、あんたにはあれを頼めるかい?」
トレイを置いたマリコに、タリアは自分の執務机の隣を示した。そこには以前は無かった机が据えられている。タリアの物ほどではないが、大き目の事務机といった感じの割とシンプルな机とイスのセットだった。その上にも帳面がひと山積まれている。
「この席は……」
「ああ、別にあんたに手伝わせるために入れたんじゃないから気にしなくていいさね」
タリアが言うには、これは元々サニアのために準備していた物であるらしい。今はまだカウンターに出ているが、もっとお腹が大きくなればそういうわけにもいかない。この席はその時のための物だと言う。アリアやハザールが生まれる時はこうではなかったそうだが、その頃はサニアももっと若かったし、何よりタリアの夫であり本来の宿屋の主であるナザールが健在だったのだ。
「それに、そろそろこっちの仕事も一通りできるようになってくれないと困るんだよ」
タリアは片方の眉をちょっと上げると皮肉っぽい笑顔を見せる。
「まあ、そうなったらそうなったで、その時にはまた私が前に出ないといけないんだろうけどね」
執務室はナザール、カウンターはタリアというのが以前の持ち場だったのだそうだ。サニアがタリアの仕事を引き継ぐにしても、一人で全部はさすがに無理がある。アリアとハザールが大きくなるまでは自分とサニアが交代で前後を受け持つことになるだろうとタリアは言う。
(それは結局、この席はお手伝い席のままってことになるんじゃあ)
そう思ったマリコだったが口には出さず、増えた席に近づくと帳面を一冊取って開いた。
「えっ、これ……」
また検算だろうかと思いながら手に取ったそれは、やはり出納簿の一冊だった。しかし、その中はというと収入金額や支出金額までは記入されているものの、まだ差引や累計欄が埋まっていない状態である。マリコは思わずタリアの顔を見た。
「ああ。ちょっと今日の飛脚に間に合わせないといけない手紙がいくつかあってね。まだそっちまで手が回ってないんだよ。それであんたを呼んだってことさね」
飛脚とは手紙や小荷物の運搬・配達人のことで、転移門を利用して別の里まで物を運ぶのである。もっとも、ほとんどの個々の飛脚は二カ所の転移門を行き来してそれぞれの里の宿屋から宿屋へ預かった物を届けるのが仕事で、一人の飛脚が送り先まで直に行くことは普通はしない。ほとんどの転移門は通るのに相応の魔力を必要とするため、一人では一日に進める距離が限られるからである。
一人では無理のあるそれを、次の飛脚へとリレーすることでなるべく早く遠くの里まで運べるシステムが作られており、宿屋はその中継基地でもあるのだった。そのため、最前線であっても最低一日一度は飛脚が訪れることになっている。最東端の里であるナザールの里はもちろんこのパターンである。
「済まないんだけど、頼めるかい? 私もでき次第そっちに回るから」
「分かりました」
内容は基本的にはほとんど足し算引き算である。とは言え、こういった作業が溜まるとろくでもないことになるのは経験上よく知っている。マリコは頷いて席に着くと、さっき取った一冊目の空欄を埋め始めた。
地味目な話が続いて申し訳ないです。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。