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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
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150 裏方のお仕事 6

 洗濯機への魔力補給が終わり、男女二つの湯船に水が満たされる頃にはだいぶ昼が近づいていた。まだ風呂焚きとアイロン掛けが残っているのだが、昼からマリコはタリアの所へ行くことになっている。とは言え、いずれは自分もやることになるのだしと、準備がてらやり方を聞いておくことになった。


「そんなに難しい事は特にない」


 そう前置きしてエリーがしてくれた話には、確かにそう難しいことは含まれていなかった。まずは風呂だが、風呂釜で(たきぎ)を焚いて、しばらく経ったら汲み出し口で湯加減を確認する。汲み出し口は釜のすぐ脇にある分全体が沸くより早く熱くなるので、ここの湯が手を入れられないくらいになったら湯船をかき混ぜに行く。確認と攪拌を二、三回繰り返して終わりだが、慣れてくれば混ぜに行くのは一回で済むとエリーは言っていた。


 次に洗濯物の取り込みとアイロン掛けだが、これは風呂を沸かしている間に行う。お天気次第で時間帯は日によっていくらか前後するが、大抵は風呂釜に火を入れたら洗濯物を取り込みに行く。それを仕分けした後、アイロンの出番になる。


「これがアイロン」


 そう言ってエリーが物入れから出してきたのは、先のとがったドングリを縦に割ったような形の鉄の塊りに取っ手が付いた物だった。外見はマリコの記憶にある現代日本のアイロンと同じような形をしている。ただし、それはマリコの目から見ても本当に単なる鉄の塊りに見えた。もちろん電熱式でないのは明らかだが、魔法式というわけでもなさそうである。魔晶をはめ込む部分さえないのだ。


 マリコが知っている電熱式以外のアイロンと言えば、昔納屋に仕舞ってあるのを祖母に見せてもらったことがある炭火を入れるタイプのアイロンで、これは目の前のアイロンと形は割と近いが炭を入れるための穴が開いていた。他には、鉄でできた柄杓のような物に同じく炭火を入れて使う、火のしというものがあったと聞いた事があるくらいである。


「これ、どうやって熱くするんですか」


「ストーブに載せる」


「ストーブ?」


「ん。ここ」


 マリコの疑問にエリーは手にしたアイロンを置いて見せた。そこは、マリコが先ほど風呂焚きの話を聞きながら、これは何だろうと思っていた部分だった。風呂の焚き口の上、煙突へと繋がる途中に上側が奥になるように斜めにはめ込まれた銅らしき金属板。縦は三十センチほど、幅は風呂釜と同じくらいある。エリーはその斜めの板の上にアイロンを載せたのだった。


「ああ、お風呂を沸かす余熱を使うんですか」


「ん」


 ようやく風呂焚きとアイロン掛けが同時進行になる理由がマリコにも分かった。釜の上の銅版に複数のアイロンを並べて熱し、使って冷めてきたら熱いのと持ち替えて使うのだという。


「でも、どうしてこれがストーブなんですか?」


「本当のストーブはあれ」


 エリーが指差す先、物入れの横にはドラム缶より一回り細めの(まき)ストーブが置いてある。そこにストーブがあること自体は、この洗濯場に来て何があるのかと見回した時にマリコも気が付いていた。暖かくなってきたから隅に片付けてあるのだろうと思っていたのである。


「いや、それは知ってますけど……、ああ、そういうことですか」


 しかし、今改めてそれを見たマリコはそのストーブの本来の用途が分かった。ストーブの上部には突き出した煙突を取り囲むように、傾斜をつけた金属板が放射状に取り付けられていたのである。マリコが煙突の接続部分か何かだと思っていたそこには、当然アイロンが載せられるのだろう。つまりエリーの言う通り、本当のアイロン加熱装置はあのストーブなのだ。


 エリーも聞いた話だと言うが、今の風呂場を建てる時に風呂釜の上のストーブが作られたらしい。その際、この部分を指す正式な呼び名がなかったので、アイロン用のストーブと同じということでストーブと呼ばれ始めて今に至るそうである。本来のアイロン用ストーブの方はというと、風呂を沸かしていない時間にアイロンが必要になった時使われる予備役となっていた。


 こうしてアイロン掛けまでが終わった後、シーツなど翌朝の交換準備をして洗濯業務は終了となる。私物の方はというと、個人ごとにまとめられて番台に保管される。汚れ物を出す時と同様、入浴のついでに受け取って帰るのである。と、ここまで話を聞いたマリコはふと疑問を感じた。


「私物はそれぞれまとめるっていう話なんですが、それどうやって見分けるんですか」


 洗う時も干す時も、マリコは特にどれが誰のと考えながらやった覚えがない。もしややらかしてしまったのだろうかと、冷や汗が出るのを感じながら聞いた。


「ん? 名前が付いてるから大丈夫」


「え? 名前?」


 マリコは記憶を探ったが、自分の服に名前を書いた覚えはない。もしや、自分の分だけ名無しなのだろうか。名前がなかったらどうなるのだろうか。宿屋の掲示板の所有者不明物コーナー――もちろん実際にそんなものはない――に、誰のですかと己の紐パンが貼り出されるという愉快な未来を勝手に想像してマリコが戦慄(わなな)き始めた時、その震える肩が揺すられた。


「ちゃんと付いてたから心配ない」


「え」


「マリコさんの服にも名前はちゃんと付いてた」


「そうなんですか?」


「ん」


 その後、トイレでこっそり脱いで確認したところ、内側の縫い目に付けられたタグのような布に、マリコの名が小さく縫い取られていた。恐らく買った時に付けてくれていたのだろう。思い返してみれば、タグの存在自体には気が付いていたのだ。現代日本では服にタグがあるのが当たり前だったため、それがあるということ自体を不思議に思わなかったのだった。


(まさか名札だったとは。でも、確かにこれは誰かに持って行かれたくはないわな)


 下着類が中庭に干される理由の一つに思い至ったマリコだった。

入浴シーンのない残念な風呂回(?)は今回で終了です。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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