015 世界の始まり 12
マリコ、アリア、カミルの三人は、四人掛けのテーブルを囲んでやや遅めの昼食を摂っていた。
マリコが食べているのは、いわゆる「今日の定食」である。アリアに手を引かれて入り口からここに入ってきた時に、席に着いていた客の多くが食べていたのと同じものだ。
茶碗に山盛りごはん、細切れベーコンとキャベツと玉ネギらしき具が踊るコンソメスープ、厚切りのこれもベーコンのソテーと添えられた多分キャベツの千切り、小皿に乗せられたタクアンらしき漬物というセットだった。ごはんの米は日本で一般的な短粒種で、麦も少し混ぜて炊いてあるものだ。
マリコの右手にはお箸が握られている。サニアにパンとごはんのどちらがいいか問われて、ごはんを選んだ結果付いてきたものだ。お箸自体は割り箸のようなヤワな物ではなく、硬い木で作られた太目でしっかりしたものだった。当然、使い捨てたりはしないだろう。
(文化なんだか設定なんだか分からんがもう、この妙な和洋折衷にはいちいち驚いたりしてやらん)
それより驚いたのは、先ほどカミルが何気なく、ごく普通に魔法を使ったことだ。
サニアの案内でこの席に着いた時、テーブルの上に置いてあったランプの灯芯にカミルが明かりを灯した。だがそれは火を着けたのではなかった。何かをつぶやいて指でランプの灯芯に触れると、炎ではない明かりが灯芯に灯ったのだ。マリコには何が起きたのかがすぐには分からなかった。
「お父さん、着火の魔法があんまり得意じゃないんだって」
「明るくなるんならどっちでもいいんだよ。それに灯りの方が油を使わなくて済むんだぞ」
マリコの不思議そうな顔に気付いたらしいアリアが言うとカミルが即座に応じた。不得意と言われたのが不本意だったらしい。マリコは改めて周りのテーブルを見回した。
晴れた昼間とはいえ、電灯のない屋内である。場所によってはテーブルの上は結構暗くなる。そうした時に使うためのランプが各テーブルには置いてあった。いくつかのテーブルに明かりが見えるが、それには確かに、赤味がかった炎の光と炎ではない白っぽい光とがあった。
(灯りか着火、どちらか使えるなら事足りるってことなのか。うまく考えてあるもんだなあ。ゲームにはこんな魔法なかったよな)
ゲームでの魔法は、当然ながら戦闘や自己強化などのためのものが主であり、日常生活で使う魔法というのはほとんどなかった。また、実際には描画上の問題であったのだろうが、冒険者、即ちプレイヤーキャラクターには暗視能力があるという設定がなされており、明かりを用意するという行為自体が省略されていた。
(ああ、いかんいかん。折角のごはんが冷めてしまう)
我に返ったマリコは食事を再開した。
(しかし普通に、というか、かなりうまいな。材料の味が濃いというか野性味が強いのか。懐かしい味がする。このすごく硬いタクアンとか、子供のころに食べたのとそっくりだ。そういえば、こういうご飯は久しぶりだな。最近レトルトとインスタントしか食べていなかったしな)
マリコ自身は冷静に分析しながら淡々と箸を進めているつもりだった。だが、その表情は見事に本人の意思を裏切っていた。
時折納得したように頷きながら、幸せそうに、おいしそうに、ごはんを頬張るメイドさんがそこにいた。その姿を見た周囲の人たちも和んでいたことにマリコ自身は気付いていなかった。
そんなマリコの前に座ったアリアとカミルは、例の手籠に入っていた丸いパンのスライスで作られたサンドイッチをマリコももらったあのお茶で食べている。もっとも今のカミルはマグカップではなく陶器のジョッキを手にしており、中にはビールと思しき液体が白い泡を浮かべている。
「珍しくここで昼メシを食ってるんだ。飲める物は飲める時に飲んでおくんだよ」
給仕の女の子に二杯目を頼みながら、カミルはそううそぶいていた。農家の人が昼食時にビールを飲むのは日本でも別段珍しくはない。水分・栄養補給と休憩、娯楽を兼ねているからだ。なので当然、酔っ払うほど飲むわけではない。
(今までに見たところ、缶やビンがなさそうだし、アリアのお弁当じゃビールを付けられないんだろうな。まあカミルは飲みたくて飲んでる感じだけど。どんな味なんだろう)
酒の味がとても気になるところではあったが、この後またタリアと話をしなければならない。酒の強さもマリコ自身の耐性も未知数である。そもそもマリコの立場で飲酒が可能なのかどうかも不明なのだ。マリコは我慢することにした。
◇
「「「ごちそうさまでした」」」
食べ終えて、お茶を飲み干した三人が手を合わせる。
(そこは日本式なのか。そういえば食事の始めも「いただきます」だったな……ん!)
この奇妙なゴタマゼ文化について考えていたマリコは、こちらで目覚めてから初めて生じる感覚に気付いた。
(アリアにお茶をもらった。タリアさんにももらった。昼ごはんを食べた。食後のお茶も飲んだ。あー、当然と言えば当然か)
自分の行動を思い返してみて納得した。
「アリアさん、ちょっと行ってきますね」
マリコはアリアに一言断ると、静かに立ち上がって席を離れた。
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