146 裏方のお仕事 2
前話「145(146部分)」を2016/3/17に差替えいたしております。
それ以前にお読みの方は、申し訳ありませんが「前の話」をお読み直しくださいますようお願いいたします。
「とりあえず着替えます。ああ、私も今は特に手伝ってもらわなくても大丈夫ですから……」
マリコがそう言うと、ミランダはそれは残念至極と口にしながらも自室へと戻って行った。それを見送ったマリコはクローゼットを開けると着替えを手に取る。ロングのメイド服はまだ戻ってきていないので、昨日に続いて今日も短い方である。
(これを着て剣術か。ふむ……)
マリコはなにやら考え込みながら着替え始めた。
◇
「洗濯物って、どのくらいで戻ってくるんですか?」
「ん? ああ、マリコ殿の服のことか。アイロン掛けが終われば戻ってくる故、今日中というところであろう。おっ、今朝は割と来ているな」
準備を終えたマリコとミランダは並んで話しながら明るくなり始めた運動場へと出た。ミランダの声にマリコが辺を見回すと、一昨日ほどではないがそれなりの人数があちこちで剣や弓の練習をしている。何故かほとんどが男で女の人の姿はあまりなく、マリコは内心概ね予想通りと頷いた。
「では、今日もよろしくお願い致す」
「こちらこそお願いします」
運動場の真ん中辺りに空いていた場所に陣取った二人はそれぞれ木刀を構えた。掛け声と共にミランダが走りこみ、マリコがそれを迎え撃つ。日課となりつつある二人の朝練が始まった。
立会い稽古とは言いつつも、実際には今のようにミランダが攻めてマリコが受けることが多い。それでもマリコが手を出さないわけではないので、掛かり稽古のようにひたすら攻めていればいいというものでもなく、ミランダとしては気を抜くわけにはいかなかった。
「待った。マリコ殿、少々お待ちいただきたい」
数回の立会いの後、ミランダが片手を上げて木刀を下ろしたので、マリコも合わせて一旦手を下ろした。このように時折手を止めてああだこうだと話し合うのが二人のパターンになってきている。
「先日教わったように、マリコ殿の狙いを予測すべく肩や腰の挙動に注意して見ていたのだが、今朝の貴殿は一段と動きが読みにくい。特に下半身だ。足捌きに何か工夫をしておられるのか」
ミランダが不思議そうに聞いてくる。彼女が言うには、今日のマリコの足捌きはこれまでより小さく素早いように感じるのだそうだ。腰や膝の動きが小さくなった分、そこから身体の移動や打ち込みといった結果を予測し辛くなったという。
「ああ、それはですね……」
マリコはそこまで言うと一度言葉を切り、ヒョイと後ろを振り返る。すると、周りで鍛錬をしていたはずの何人かがあっという顔をして視線を逸らした。
「あれは何をやっておるのだ?」
「ええと、どう言えばいいんでしょう。期待、でしょうか」
「期待?」
一昨日からマリコが実感していることである。周囲の視線が自分のどこを向いているかは案外分かるものであることは既に知っていた。その上で、あの夜今の格好で食堂に出たマリコは、それまで主に自分の上半身に向いていた視線が、かなりの割合で下半身に向いていることに気が付いたのである。
それに気付けば、答えは自ずと明らかである。何故上半身に目が行くのか。そこに胸があるからである。では、何故下半身に目が行くのか。そこに太股があり、スカートの裾があるからである。
マリコに関して言えば、それまでは長いスカートで隠されていて見えていなかったものが見えている、というのも大きいだろう。見えている脚そのものに興味がある、というのももちろんあるだろう。
だが、それだけではないのだ。脚が上がった瞬間。あるいは身体が大きく上下した瞬間。その刹那に、いつもはスカートという名のヴェールに覆い隠されている、秘められた真実の一端が垣間見えるのではないか。その偶然に期待して――男共は――下半身を、即ちスカートの裾を見守るのである。
「……それは……。放っておいていいのか、マリコ殿」
マリコの話を聞いたミランダは、数瞬の忘我から回帰すると何とも言えない表情で言った。
「いいんです。ああ、いえ、よくはないんですけど、ある程度仕方のないことではあるんです」
もちろん、全員が常に凝視しているわけではない。そういうものが視野に入るとついそちらに目が行ってしまうのだ。己の意志で克服しきることが難しい、悲しき男の性であった。
マリコからすると、それは自分の経験上理解できることではある。だが、理解できるということと許容できることとは全く別のことでもあった。
今着ている服のように、見せるために作られた物をまとってそれを見られるのはまあ仕方がない。その中の下着やら身体やらが少々見られたからといって、それでどうなるというものでもないとも思える。特に、ミランダを始めとした女性陣に対しては一応同性ということになっている以上、気にしても意味がないものだと思っている。お互い様とはいえ、逆に見てしまっていることを時折申し訳なく思っていた。
ただ、今の自分の身体は確かに自分のものではあるが、同時に「マリコ」のものでもあるのだとも思えるのだった。その「マリコ」の秘すべき所まで野郎共に見せてやる必要があるのか。否、そんなものはない。全くない。マリコのややこしい心情を表すとすれば、むしろ「これは俺のだ。お前らは見るな」というものなのかも知れなかった。
「もしや、それ故のあの足捌きと言われるか!?」
男の性云々という話を聞いたミランダからの問いかけに、マリコは黙って頷いた。一昨日からの経験によって、自分の動きに対してスカートの裾がどう追随するのかは理解している。それ故に、膝を高く上げるなどの一定以上の動作をするとどうしても裾は跳ね上がることも分かっている。
ならばどうするか。先ほど着替えながら考えていたのが、今ミランダに見せたすり足と足首の動きに重点を置いた足捌きだったのである。ミランダから見ると、膝から上を大きく動かさないマリコは力強さや瞬発力こそ以前に及ばないものの、地を這うように滑らかに動いてくる難敵であったのだ。
「はあ、そんな理由でなされている足捌きだというのに、実際に相手をしてみれば戦い辛いのだから敵わぬ。だが、その技もいずれ我が物とさせていただく。覚悟なされよ」
「はい」
「と、偉そうなことを言ったものの、まだまだ先は長そうだ。よろしくお付き合い願いたい」
「はい」
二人は改めて木刀を構えた。
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