145 裏方のお仕事 1
今話は2016/3/17に差替えいたしました。
それ以前にお読みの方は申し訳ありませんがお読み直しくださいますようお願いいたします。
翌朝、またしてもミランダに肩を揺すられてマリコは目を覚ました。ベッドから出て何の気なしに寝巻きを脱ぎかけたところで、はたとマリコの手が止まる。ミランダに見守られての生着替えに段々と慣れつつあることに気が付いたのである。
肩から落としかけた寝巻きを一旦戻したマリコが向き直ると、ミランダは何? という表情で見返してくる。そのあまりに屈託のない様子にマリコは改めて疑問を抱いた。そもそも、何故ミランダは毎朝ここでマリコの着替えを待っているのか、と。
そこそこ親しい女の人同士の距離感は男同士のそれより近いことが多い、というのはマリコも何となく知っている。ただ、毎度着替えを見守るというのはその範疇に入るものなのか。マリコはその疑問を本人にぶつけてみることにした。
「ええと、今さらなんですが、どうしてミランダさんはいつもそうやって待ってるんですか?」
「ん? これは異なことを言われる。傍にいなければ何か手伝わねばならぬことができた時に困るではないか」
「え?」
「服によっては一人で着るのが難しい物もある故な。今のところマリコ殿はそういった服は持っておられぬようだが、マリコ殿が困らぬようにとタリア様からも言いつかっているし、そもそも師を補助するのは弟子たる者の勤めであろう」
時折己の興味を先立たせてしまう未熟者なのだが、と言い足してミランダは頬を掻く。一人で着られない服とはどんな物だとも思ったマリコだったが、それ以上に引っ掛かる単語が、今のミランダの言葉には含まれていた。
「師? 弟子? 誰が、誰の?」
「マリコ殿は剣と料理における私の師ではないか」
「え? あー、いやまあ、それは」
確かにその二つは、教えると言った覚えがマリコにもある。だが、師弟関係というほど大袈裟には考えていなかったのである。
「それにだな。折角国から出てここまで来ているのだから、仕える立場というものも学んで来いと母上にも言われてな」
「はあ」
「タリア様にも言ってはみたのだが、着替えの手伝いまでは要らぬと言い渡されてしまったのだ」
それはそうだろう、とマリコは思った。自分たちで転移門を発見したというタリアの経歴や人となり、今の里の規模などを考えると毎朝着替えの手伝いが要るようには見えない。と、そこまで考えたマリコの頭に別の疑問が浮かんだ。
「一つお聞きするんですが、ミランダさんの家にはそういう方がいたんですか?」
「ああ、もちろん。子供の頃には実際着替えさせてくれていたものだ。自分で着替えられるようになってからは、必要な時に手を借りるだけだったがな」
「なるほど、なんとなく分かってきました」
ミランダの家というのは、即ちアニマの国の国長の家である。実際に見たことはないが、ナザールの里とは比べ物にならない規模なのだろうということはマリコにも想像がついた。
ミランダ自身は敬われる必要などないとは言っていたが、立場としてはお姫様であることに変わりない。侍女なり本物のメイドさんなりが付けられていたのだろう。そしてミランダにとってはそれが普通だったのだ。着替えを見守られるということに違和感を持たないのも当然なのかも知れなかった。
マリコが考えたことを説明するとミランダは確かにと頷いた後口を開いた。
「確かにその通りだが、私とて誰もが私と同じではないことくらいは存じている」
「じゃあ、どうして」
「一つには、マリコ殿にはまだ要らぬとは言われていない、ということもある」
「え?」
マリコはここ数日のことをあわてて思い返した。すると確かに、なんでいるんだろうとは思いながらも出て行けと言った覚えはない。相手がミランダであるということもあったのだろうが、見事にノーと言えない日本人を演じていたような気もする。
「まあ、それはほとんど建前であってだな」
「ええ!?」
「実のところ、心配なのだ」
「心配?」
「覚えておられるか、三日前、私が初めて貴殿を起こしに行ったのを」
「えー、はい」
「あの時のマリコ殿の寝姿を見て思ったのだ。この御方は放っておいて大丈夫なのだろうかと」
「う」
とんでもない寝相でほとんど裸に近かったと言われたことはマリコも覚えている。
「それにだな」
「まだあるんですか!?」
「着替え云々はともかく、こうして私が来る前に起きておられたことがない」
「いや、それは……」
朝練なんぞに連れて行こうとするからだ、と言おうとしたマリコだったが、改めて考えてみると本来の起床時刻より何時間も早いわけではない。宿屋の朝は元々早いのである。放っておかれてその時刻に起きられるかというと甚だ疑問だった。夜も早寝であることを考えれば、慣れれば起きられるようになるとも思えなくもないが現状ではなんとも言えない。
「故に、私としてはこれらの理由からマリコ殿を放置するなど論外なのだ」
「うう……、大体分かりました」
着替えの手伝いの方は今後は遠慮してもらえるかもしれないが、起こしてもらう方はむしろ頼んでおくべきかも知れないとマリコは思った。同時に新たな疑問も湧いてくる。
「ところで、ミランダさん自身は毎朝どうやって起きてるんですか?」
「私か? 大抵は普通に目覚めるが、一応これも仕掛けてある」
そう言うと、ミランダは懐中時計をポケットから引っ張り出して少しいじるとそれをマリコの方へ向けた。じきにピピピと音が鳴り始める。
(アラーム付きなのか、それ)
この朝、マリコの欲しい物リストに目覚まし時計が加わった。
ご迷惑をお掛けしております。
寝ぼけ頭で書いたせいでミランダの言動が明らかにおかしかったので差替えさせていただきました。
起こしに来たミランダがそのまま居座る理由をば。
設定としては一応考えてあった話なのですが、そういえば作中に入っていないなと感想欄でのご指摘で気付かされた次第です(汗)。本来ならもう少し前に入っているべき話なのかも知れません。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。