137 野豚狩り 10
「四頭目も狩れたし、その内の一頭は大物だ。もう十分であろう」
その四頭目を自分のアイテムボックスに収めたミランダがそう宣言し、一行は帰途に付いた。今回は来た道順をそのまま引き返すルートを取る。ここに来るまでに縄張りがあった野豚は往路で狩られてしまっていることが多いので、そうすることで帰り道に新たな野豚に出くわす可能性は低くなるはずだった。
「いましたね」
「二頭も」
ジュリアとエリーが呆れたような声を上げた。最初の二頭を狩った辺りまで戻ってきた一行が見つけたのは、林がやや開けた所で向かい合って威嚇し合うように唸り声を上げる二頭の若いオスだった。どうやらどちらがここを縄張りとするかという争いの最中であるらしい。
「先の元ボスは、相当森中をかき回したと見える」
大野豚に追われた若いオスたちがそれぞれうろついた結果、たまたま主のいなくなっていたこの場所でかち合ったのではないかというのがミランダの言い分である。幸い風は横からで、二頭はまだ一行に気付いていない。目視されないようにしゃがみ込んだ四人は小声で話を進めた。
「それで、どうします?」
「彼奴らに見つからぬよう迂回するとなると、それなりに遠回りせねばならん。おそらく狩った方が早くはあるが、貴殿ら、どうする?」
マリコの問いかけを受けたミランダは、エリーたちに話を振った。
「狩るにしても、二頭一度にというのはちょっと荷が重いです」
「矢の残りの問題もある。私とジュリアだけでは無理」
ジュリアとエリーは驕ることなくあっさりと降参した。それを聞いたミランダが笑顔を見せる。
「ああ、その答えで正解であろうな。では、いつも通り二人で一頭ならどうであろう?」
「それならなんとか」
「やれると思う。でも、もう一頭は?」
ミランダの言葉にジュリアは頷き、エリーは答えながらちらりとマリコの顔を見る。
「いや、私が斬る。考えてみれば私は今日、まだほとんど何もしておらぬ故な。マリコ殿、二人の後ろを頼めるだろうか」
「それは構いませんけれど、お二人はそれでいいんですか?」
「ん」
「こちらからお願いしたいくらいですよ」
反対者は居らず、四人は打ち合わせに入った。ミランダが風上に回りこみ、二頭が反応したところでエリーたちが片方に矢を放ち足止めして接近、ミランダはもう片方の相手をするというのがおおまかな流れである。
「ミランダさん、何でしたらそっちの役は私が……」
「マリコ殿」
「はい」
「先ほども申した通り、私はまだ何もしておらぬ。これは私自身のためでもあるのだ。それに……」
「それに?」
「私とてその……、少しはいいところを見せたいではないか」
「……はい」
途中、ミランダの身を案じて言ったマリコの提案は、やや拗ねたように口をとがらせたミランダに却下された。
◇
エリーたちの弓が十分に届く距離まで近づいても野豚たちに気付く様子はなく、二頭の縄張り争いは威嚇から実力行使へと移りつつあった。ブゴーブゴーと声を上げながら、腕や牙をぶつけ合い始める。
紅い装束に身を包んだミランダは三人から離れ、風上である左手へと進んで行く。マリコほどの豪快さはないものの、ほとんど音も立てずに薮の中へと入って行くそのしなやかな身体の動きに、マリコはおおと感心した。
やがて、殴り合いをしていた二頭が唐突に動きを止めた。フンフンと鼻を鳴らしながら顔を一巡りさせたかと思うと、二頭とも同じ方向――もちろんミランダが向かった方である――を向き、先ほどまでとはトーンの違う鳴き声を上げてそちらへと進み始める。
(縄張りよりそっちが優先なのか)
マリコは少々呆れた後、すぐ隣で弓を構えた二人に目をやった。
「ミランダさんが見つかったみたいです。目標、右の野豚。二連射の後、武器を持ち替えて接近します。用意……発射」
「ん」
「はい」
ピュンピュンと弦が鳴り、矢が後ろ側の野豚に向かって走る。エリーとジュリアはその結果を見届けることなく、直ちに二の矢を番えてこれを放った。プギャッと声が上がり、射られた野豚はようやく気付いてマリコたちの方を向いた。その左腕に二本、左足に一本の矢が突き立っているのがマリコからも見えた。
一方のミランダは二頭に見つかったと気付いた瞬間に刀を抜いて駆け出していた。今自分がいる薮の中では足場が悪過ぎるのである。じきに、後ろ側の野豚が矢を受けてそちらを向くのが見えた。その時にはもう野豚までの距離は半分を割り、ミランダは薮から抜け出しつつあった。
「お前の相手は私だっ!」
後ろから上がった声にそちらを向こうとしていた手前の野豚の注意を引きつけるべく、ミランダは吠えた。
「ブゴオッ」
ミランダに向き直った野豚は、もう目の前に迫っているミランダを見て声を上げると右腕を振り上げ、力任せに振り下ろした。
「やあっ!」
叩きつけるようなその腕を、逆袈裟に迎え撃つ。ポンッという骨が断ち切られる音と共に、野豚の右腕、肘から先が宙を舞った。
「ブギャアッ」
「くうっ!」
悲鳴のような声を出しながらも、野豚は左腕を横殴りに繰り出してくる。ミランダは左上に振り抜いた剣先を回しこんで、そのまま左下から右上へと切り上げた。今度は左腕が飛んだ。
ミランダはそこで止まらなかった。さらに一歩踏み込み、手首と腕だけでなく身体の全てのバネを使って右上で再び向きを変えた剣先が、ガラ空きになった野豚の首を横一文字に薙いだ。その勢いのまま、自らの身体を左へと逃がす。
意識してのことかどうか、それはミランダ自身にも分からなかった。ミランダが今使った技は、今朝見たばかりのマリコとバルトの剣技であった。
「ゴバ……」
ミランダが離脱した一瞬の後、前半分を断ち切られた野豚の首から、ミランダの鎧の色をした血が滝の如く迸った。
ミランダ無双。
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